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新聞記者に聞いてみた vol.15

ウクライナ、北海道、米国

公開:2024年6月17日
新聞記者に聞いてみた
公開:2024年6月17日
松尾記者の書いた2017年1月6日付、東京本社紙面。この時点でロシアとウクライナの確執を「忘れられた戦争」と書き、今日に至る動きを予見したものとなっている。

  今回の記者さんは国際経験が豊富な特派員経験者。何で北海道にいるの?と思ってしまいますが、北海道ならではの大型企画も取材が進んでいるのだとか。北海道にたどり着くまでのその遍歴をどうぞ!

 まず北海道での現在の担当を教えて下さい。

松尾:(以下、松:)道政担当と言って、北海道庁が担当です。道庁の記者クラブに属して、知事の会見は毎週出ています。

 経歴を見ると、海外経験の他には科学分野が専門なのでしょうか。

松:入社が26歳と少し遅いんです。経歴も変わっているのでちょっと説明しましょう。まず、大阪外国語大学(現在は大阪大学と統合)で何となくロシア語を選択して勉強しました。大学の場所が田舎過ぎて外に出たくなり、在学中に1年間、ロシアのエカテリンブルクに留学しました。自然関係のことをやりたくて、林業や森林政策を学べるところで探しました。その後大学院に行くのですが、今度はオーストラリア国立大学を選びます。途中で、奨学金の都合からカナダのブリティッシュ・コロンビア大学に移り、そこで修士号を取得しました。博士課程に行くことも考えましたが、結局そうはせずに、そろそろ就職しないと、ということもあり、新聞社を選んだという流れです。

 ロシア、オーストラリア、カナダと、世界を大胆に移動しながら研究生活。なかなか面白い経歴ですね。海外での研究生活からいきなり日本の新聞社。ずいぶん環境が変わったでしょう。

松:新聞社に入るまでは、仕事の中身を全然知らず、最初の1年はもう忙し過ぎて訳も分からず、辞めたかったですね。半分諦めながら仕事してました。初任地の福井総局の次は敦賀支局へ。大学院卒で、科学関係を学んでいたので、原発のあるところに配属されたというのがあるみたいです。

 その後和歌山ですけど、希望したのですか?

松:昔、短期住み込みバイトをした暖かい場所という軽い気持ちで希望したんです。新宮市というところにあった1人勤務の支局がちょうど建て替えのタイミングで、事務仕事もできそうだという不思議な理由で選ばれたみたいです。地鎮祭をやったり、そのときに使う鯛を魚屋に買いに行ったりもしてましたね。

 和歌山は政治家、二階俊博さんの地元ですね。

松:そうなんです。当時は二階さんについての話題をいろいろ取材して、大きく掲載されたこともありました。このころになって、ようやく自分も新聞記者らしくなったかなと思います。

 科学部では何をやっていたのですか?

松:最初は、地震、防災、宇宙というのが定番なので、それらを取材しているうちに、社内の語学留学制度を使って海外に出ようと思ったのですが、上司がお前には不要だといって、直後に国際報道部に異動になりました。

 なぜその後ジュネーブへ?

松:東京で2年いた後、上司が特派員に内定したと告げました。希望を聞かれ、ウラル山脈よりヨーロッパ側ならばどこでもいいといったら、ジュネーブになりました。ジュネーブの国連取材だけでなく、旧ソ連を自由に動く遊軍的なこともしやすいようにと、モスクワ支局員の兼務をつけてくれました。

 ウクライナにもずいぶん行かれたと聞きました。

松:数え切れないくらい行きましたね。2014年のロシアによるクリミア併合のちょうど後くらいからです。チェルノブイリにも7〜8回行ってます。

 そのころから今回のウクライナ侵攻のような兆候はあったのでしょうか。

松:当時から膠着状態のようなことはあって、ロシア側が嫌がらせをし続けているような状況はありましたから、その動きが拡大していくだろうとは思っていましたね。そんな中で、ウクライナの国民の意識がだんだんと西側に向き始め、言語もロシア語からウクライナ語に変わっていくというのを見ていました。親友が何人もウクライナにいるんですが、2017年にウクライナ国籍者はEUの大部分の国々にビザなしで渡航できるようになったのが決定的でした。ロシアは、ロシア語と宗教を中心とした「ロシアの世界」という概念や、エネルギー供給で旧ソ連を支配してきましたが、ウクライナはそれらにノーを突きつけた。その延長線上に今回の侵攻があると思います。

 それから科学部に戻り環境省担当ですね。

松:ちょうど小泉進次郎大臣の時に環境省担当のキャップ(※筆頭記者)をやりました。

 そしてまた留学したんですよね。

松:フルブライト奨学金の記者枠で、2022年から約1年間休職してアメリカのハーバード大学で、旧ソ連と米国の外交や核不拡散の研究をしました。そこで、ウクライナ語を学び始め今はロシア語よりも話せる気がします。研究の一環で23年1月には首都キーウで元高官にインタビューもしました。

 どんな雰囲気でしたか。

松:ピリピリはしてましたが、空襲警報がある以外は、キーウの街はけっこう普通の生活がありました。

 現在、大型連載企画を計画中と聞きました。内容が気になります。

松:まだ仕上がっていないので申し上げられないのですが、北海道の歴史にまつわる壮大なストーリー、ということだけお知らせしておきます。今まとめているところですので、ぜひご期待ください。

 それは楽しみですね。期待しています!

松尾一郎記者
1976年兵庫県生まれ。2003年朝日新聞入社 福井総局、敦賀支局、和歌山県新宮支局、東京整理部、東京科学みらい部、国際報道部、ジュネーブ支局長兼モスクワ支局員、東京科学みらい部(環境省担当)を経て、2020年春から北海道報道センター勤務。
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