凍てつく冬空に、星が瞬き始めた午後5時30分。札幌・シアターキノの斜め向かいにある小学校の校舎は、煌々(こうこう)と明かりが灯っていた。机に向かうのは、数人の大人たち。年齢も国籍もバラバラ。でも、和気あいあいとした雰囲気で、何だか楽しそうだ。ここは、札幌市立星友館中学校。道内で初めて設置された、札幌市の公立夜間中学である。

凍てつく冬空に、星が瞬き始めた午後5時30分。札幌・シアターキノの斜め向かいにある小学校の校舎は、煌々(こうこう)と明かりが灯っていた。机に向かうのは、数人の大人たち。年齢も国籍もバラバラ。でも、和気あいあいとした雰囲気で、何だか楽しそうだ。ここは、札幌市立星友館中学校。道内で初めて設置された、札幌市の公立夜間中学である。
夜間中学と聞くと、山田洋次監督の「学校」(1993)を連想するけれど、あれは30年以上前の作品。今やすっかり普及しているのかと思ったら、「現在、夜間中学は私立を含めて32の都道府県・政令指定都市に53校。今後も増える予定ですが、十分な検討がまだ行われていない空白エリアも9県あります」と、星友館中の工藤真嗣校長は説明する。
実は、北海道に公立夜間中学が出来たのも、つい3年前のことだ。
そもそも夜間中学は、戦後の混乱期に家庭の事情で昼間通えない生徒のため、中学校に付設された夜間学級が始まり。その後、対象は外国人や不登校経験者など多様化。道内でそうしたニーズの受け皿となった草分けは、1990年から市民有志が始めた「札幌遠友塾」で、こちらは「自主」夜間中学と呼ばれる。ところが、会場だった札幌市民会館が取り壊されることになり、市民団体「北海道に夜間中学をつくる会」が発足。公立夜間中学の開設を2007年から求めてきた。
「とはいえその頃、夜間中学の法的な位置付けは定まっていませんでした」と工藤校長。転機は、2016年の教育機会確保法。文部科学省が、全都道府県と政令指定都市に少なくとも1校は設置するという目標を掲げたことを受け、札幌市が市立資生館小内の空き教室などを活用し、2022年に開設したのが、この星友館中というわけだ。


「自主」との違いは、公立は中学校の卒業資格が得られることだろう。そのため、昼間と同じようなカリキュラムを想像したのだが、星友館中はどうも違うらしい。聞けば聞くほど「へぇ!」と感嘆してしまった、その特色を紹介したい。
まずは、修業年限。基本は3年間だが、1年間でも卒業OK。反対にゆっくり学びたい人は原則6年間まで在籍できる。
「学齢期を過ぎた方が対象なので、経験もさまざま。本人の希望で2・3年生からでも入学できます」と工藤校長。
そして、学習内容。授業は週5日・平日午後5時30分からの40分×4コマ。科目は昼間とほぼ同じだが、習熟度別の7コースの中から選択する。
具体的には、必要な日本語を身に付けることが中心の「日本語コース」、小学4~6年の基礎的内容が中心の「ベーシックコース」、中学1~3年の重要な範囲を学ぶ「チャレンジコース」などで、学年の所属とは関係なく選べるという。
「少しややこしいかもしれませんが、独自カリキュラムを設けられるのは夜間中学のメリットです」と工藤校長。先述した「1年間で卒業OK」についても、「試験は特にありません。『この学習をしたから』ではなく、『この学校で十分学べた』と生徒が満足したら、卒業してもらいます」と方針を説明する。
実際、開校初年度は3人、2年目は8人が卒業。3年目となるこの3月には、在学生108人のうち、約20人が卒業を予定している。
授業を見学させてもらったのは、冬休み明けの1月17日。「チャレンジコース」の数学で、「(a+b)(c+d)」という分配法則の公式に挑戦していた車いすの男性がいた。3年生の吉野太さん(61)だ。
吉野さんは北見出身。脳性まひのため、小学1年から旭川の病院に入院し、20代までリハビリ生活を送った。「院内学級でたまに勉強しましたが、大人になって読み書きができず悔しい思いをすることもあり、『学校に行ってみたい』とずっと思っていた」ことから約9年前、思い切って札幌に移り住み、「札幌遠友塾」に入学。卒業後、念願叶って22年、星友館中の1期生となった。
夜間中学に通って良かったのは、「数学が好きになったこと」。今まで「分からないから嫌い」だった足し算も九九も、丁寧に教わり、自分のペースで覚えると「頭に数字が浮かび、何とか解けるようになりました。九九を計算できる自分が、不思議でしょうがありません」と笑う。
いつも午後4時過ぎに登校し、予習したり、先生や同級生と話したり、学校生活を満喫。「勉強は、三歩進んで、四歩下がっての繰り返しですが(笑)、分からないことがだんだん分かるようになるのは、めちゃめちゃ面白い! 生活を180度変えて札幌に来たのは正解でした」と話す。
同じ日、別の教室では英語の授業が行われていた。「新年の目標」のお題に、白髪の女性が「物忘れがひどくて…」と口ごもった時、「大丈夫。みんな平等に忘れていきます」と、場を和ませていた先生がいた。英語科教員の芳村ひとみさんだ。
芳村さんは20年以上、昼間の中学校で教えてきたベテラン。開校1年前から英語カリキュラムの作成に携わり、開校と同時に星友館中に異動した。いざ生徒を迎えたところ、「毎日がビックリの連続」だったそう。
理由の一つは、生徒の学習意欲の高さ。「高齢の生徒さんの中には虫眼鏡を持参するほど熱心な方もいらっしゃいます。ただ、昔の『書く』学びから、今は『いかに英語を使って話すか』にシフトしており、そのギャップをどう伝えるかなど試行錯誤の毎日です」と話す。
一律の学習内容や試験がない夜間中学での教員生活について聞くと、「私はやりやすいです。同僚の教諭が言った言葉ですが、『生徒さんはみんな、何かを埋めにきている』。それが学習なのか、友達や先生との交流なのか、学校行事なのか……そんな視点に立ちながら、みなさんと接することを心掛けています」。

工藤校長が「夜間中学は〝最後のとりで〟。『勉強が分からないから学校を辞めます』ということだけは何とか避けたい」と話す通り、生徒一人ひとりに寄り添った手厚い支援があるのも星友館中の特徴だ。
困りごとのある生徒を個別支援する約40人の市民スタッフ「学習サポーター」もその一つ。長根山未来さん(33)は星友館中を24年3月に卒業し、同年翌月から学習サポーターとなったレアケース。週イチで学校に来て、後輩を見守る。
昼間の中学校を不登校気味のまま卒業し、通信制高校などを経て札幌で事務職として働く長根山さん。「コンプレックスだった中学の勉強をやり直したい」と1期生として入学したところ、「楽しかった! ただ、働きながらの通学は体力的にきつかったし、2年間ですごく満足できたので卒業することにしたんです」と振り返る。「でも何だかもったいなくて、冗談交じりに『私、サポーターしてもいいですか?』と先生に言ったら大歓迎されました」と経緯を明かす。
意外だったのは、「実は私、サポートされることが苦手で…」という言葉。声を掛けてほしいタイミングも内容も、人それぞれ。それが分かるからこそ、「うざくないサポート」を目指しているという。
「私みたいに久しぶりの学校生活にテンションが上がる人もいれば、進路に困ったり、切羽詰まって入学した人もいると思うから」という長根山さんの言葉が胸に残った。確かに、10~20代の生徒数は34人で、全体の約3割。昼間の中学校を卒業後、すぐに星友館中に入学する生徒も増えているという。

教室に、こんな言葉が掲げられていた。
「学ぶ=(は)生きる」。
「学ぶことが十分出来なければ、生きる喜びも十分味わえない。夜間中学で学ぶことで、より自分らしく生きてほしいという願いを込めた言葉です」と工藤校長は語る。
3年生の吉野さんはこの3月、星友館中を〝自主退学〟する。理由は「憧れだった定時制高校に進学するため」。卒業ではなく、退学を選んだのは、「またこの学校に戻ってきたいから」だという。
星友館中の授業が終わるのは午後9時。すっかり暗くなった夜空に星がさんさんと輝く中、生徒たちは家路につく。
誰のためでもない。自分のために学び、生きようとする人を温かく受け入れ、優しく送り出してきた星友館中は、まもなく4度目の春を迎える。
(文:新目七恵 写真:吉村卓也)
私が中学生だったのはもう半世紀以上前。東京のベッドタウンの町でした。クラスには50人近くいたいような気がします。教室が足りなくて、どこの学校でも校庭にはどこもプレハブ校舎が建っていました。個人的には中学校にはあまりいい思い出がありません。とても管理が厳しい学校だったからです。勉強も振るわず、スポーツはからっきしダメの私には居心地のよい場所ではなかったです。
「金八先生」が人気になったのはもう少し後。「荒れる中学生」みたいな時代もありましたね。今はそんな話もすっかり聞かなくなった気がしますが、どうなんでしょう。
みなさんはどんな中学校時代を過ごしましたか?中学生のお子さん、お孫さんをお持ちの方も多いかも。中学校のお話、ぜひお聞かせください。
金八先生でも学校に機動隊が来て中学生が逮捕されるシーンが衝撃的でしたね(H)
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