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特集Vol.258

高校生レストランへ、いらっしゃい

公開:2026年2月16日

そのレストランは、土日・祝日のランチタイムのみ、不定期に営業する。派手な宣伝はしていないけれど、ほぼ予約で埋まり、いつも満席状態。こんな人気店が三笠にあることをご存じだろうか。北海道三笠高等学校の生徒が運営する「まごころきっちん」。開業10周年を迎えた、北海道でただ一つの〝高校生レストラン〟だ。

特集「高校生レストランへ、いらっしゃい」の表紙の写真です

青春を、このキッチンで。

 そのレストランは、土日・祝日のランチタイムのみ、不定期に営業する。派手な宣伝はしていないけれど、ほぼ予約で埋まり、いつも満席状態。こんな人気店が三笠にあることをご存じだろうか。

 北海道三笠高等学校の生徒が運営する「まごころきっちん」。開業10周年を迎えた、北海道でただ一つの〝高校生レストラン〟だ。

三笠高校の生徒たち
真剣な表情で料理を盛り付ける三笠高校の生徒たち。3時間の営業時間内に最大で約120食を提供する。

だし巻き玉子に舌鼓

 「いらっしゃいませ!」。さわやかな声が響く店内では、接客担当の生徒がきびきびと立ち回っていた。活気あるオープンキッチンの厨房からは、だしのいい香りが漂ってくる。

 客席に座ると天井のテレビモニターが目に留まる。生徒がフライパンで手早く作っているのは、だし巻き玉子だ。リアルタイムの調理映像に期待感が高まる。

 「お待たせしました」と運ばれてきたのは、焼き物や揚げ物などが美しく盛り込まれた「青春御膳」。早速だし巻き玉子を頬張ると、うまみが口中にじわっと広がった。

レストラン運営は部活動!

 「まごころきっちん」は、三笠高校の食物調理科に通う生徒が調理や接客を実践的に学ぶ場。「調理部」「製菓部」「地域連携部」と3つある部活のうち、「調理部」を選んだ1~3年生約30人が店を切り盛りする。つまり、部活動の一環として、レストラン運営を体験しているわけだ。

 「生徒が自ら料理し、自ら接客してお客様に楽しんでいただく。だけでなく、材料発注やコスト管理、仕込み計画を立てるのも生徒です」と、顧問の斎田雄司教諭(37)は説明する。

 「高校生レストラン」といえば、松岡昌宏主演のテレビドラマを思い出す人もいるかもしれない。一流料理人の臨時採用教師と高校生が料理を通じて成長するストーリー。そのモデルは全国初の〝高校生レストラン〟として知られる三重県立相可(おうか)高校「まごの店」だが、「まごころきっちん」の誕生と無縁ではない。始まりはちょうど、ドラマが放送された2011年にさかのぼる。

昨年10月下旬の「青春御膳」は開業10周年記念版。野菜の炊き合わせ
昨年10月下旬の「青春御膳」は開業10周年記念版。野菜の炊き合わせ
鶏肉と旬野菜の土佐酢ジュレがけ
鶏肉と旬野菜の土佐酢ジュレがけ
ぶりの昆布巻きなど
ぶりの昆布巻きなど
通常メニューのほか、自慢のだし巻き玉子には白老牛の時雨煮が載っていた
通常メニューのほか、自慢のだし巻き玉子には白老牛の時雨煮が載っていた

閉校の危機を転機に

 2011年、三笠市は前例のないことに挑戦しようとしていた。翌年3月に閉校となる道立高校の校舎を活用した、市立高校の開設。しかも、従来の普通科から、道内の公立高校で初となる食物調理科単科校に転換しての再出発である。

 相可高校に着目したのは三笠市の幹部職員だが、「市立高校設立準備室」の一員で、開校後は初代校長を務めた髙瀨雅朗さん(64)は「少子化や人口減で道立高校が立ち行かなくなる中、市の活気衰退の危機感や、三笠高校を卒業した市職員の『母校を無くしちゃいけない』という強い思いがありました」と背景を語る。

 道内で教員や教頭として20年以上高校教育に携わる髙瀨さんにとっても、学校の立ち上げは初めて。「教員集めも生徒確保も全部ゼロから」と苦労する一方、相可高校のある三重・多気町を視察し、「高齢化や主産業が農業という状況は三笠市と酷似し、食に特化した学校は地域活性化にも寄与できるはず」と感じたそう。

 ところが当初、食物調理科での高校存続は反対の声も多く、市議会でも僅差で可決するなど議論を起こした。そのため、「生徒が地域貢献に積極的に参加するなど、地道な積み重ねで市民に意識を変えてもらおうとしました」と振り返る。

初代校長の髙瀨さん
初代校長の髙瀨さん

もう一つのドラマがここに

 2012年の開校時、「まごころきっちん」はまだ無かったが、初年度から全国的な料理コンクールで入賞したことも評判を呼んだ。その立役者が、食物調理科の指導を担った斎田教諭だ。

 実は、斎田教諭は三重出身。相可高校で調理を学び、「まごの店」で腕を振るっていたそう! 高校時代の恩師から三笠高校を紹介されたのは、三重の料亭で料理人として働いていた頃だった。

 「恩師の薦めもあって大学では家庭科教員の免許を取得していたので、チャンスを逃しちゃいけないと思ったんです」と斎田教諭。着任時は24歳の若さで、「『一緒に勉強しよう』というスタンスで生徒と向き合いました」と語る。

 ちなみに、「恩師」とはドラマで松岡が演じた新米教師のモデルとなった村林新吾さん。ドラマでは、教師としては未熟な主人公と生徒のぶつかり合いが描かれたが、現実では、村林さんの教え子・斎田教諭が新米教師となり、新しい〝高校生レストラン〟誕生に向けて奮闘していた……。ドラマの続きのような物語が、三笠で生まれていたのだ。

「今日からプロ」精神で

 三笠市念願の〝高校生レストラン〟が始動したのは2015年11月、開校4年目のこと。

 最初は市内の食堂を間借りし、2018年7月にカフェやレンタルキッチンなどを備えた三笠高校の研修施設「MIKASA COOKING ESSOR(エソール)」が完成すると、常設店舗がある現在の形となった。

 「青春御膳」は2018年からの定番メニュー。斎田教諭は「ニンジンの飾り切りやカボチャの仕込みなど、生徒は3年掛けて作り方を学びます。手間が掛かる分、勉強になるんです」と説明する。

 たとえば、だし巻き玉子は1年生の試験課題。優秀な生徒から厨房で担当できると聞き、やはり花形作業かと感心したら、「だし巻き玉子が作れることは最重要ではありません」と斎田教諭。「それを題材に伝えたいのは、仕事の仕方。効率良い手順を考え、準備しているか? 段取りの組み方や、より良くするために常に工夫改善をする姿勢を身に付けていれば、働くことに対する社会とのギャップは少なくなると思います」。

 最初の授業で、斎田教諭は生徒に必ずこう告げるという。「プロ意識を持ちなさい」。「『高校なのにすごいね』の感想もありがたいのですが、目指すのは『高校生とは思えないね』です」との言葉に、本気度を実感。客の多くは札幌圏で、わざわざ道外から足を運ぶ人もいるのは、〝高校生レストラン〟の熱量に惹かれてのことなのだろう。

〝高校生レストラン〟経験者でもある斎田雄司教諭
〝高校生レストラン〟経験者でもある斎田雄司教諭
今年度の調理部部長を務めた西村咲姫さん
今年度の調理部部長を務めた西村咲姫さん

大変だけど、「楽しい!」が勝つ

 「まごころきっちん」に呼び寄せられるのは客だけではない。空知管内の高校で定員割れが続く中、三笠高校はほぼ毎年定員を上回る人気ぶり。生徒の多くは道内各地から集まり、寮生活を送っている。

 調理部部長で3年の西村咲姫さん(18)は札幌出身。夕食作りを通して料理の楽しさを感じ、三笠高校を希望した。

 平日の放課後は仕込みや試作、週末の営業日は朝7時半から午後5時頃まで部活=レストラン運営。大変では?と聞くと、「もう慣れました。毎日学ぶこと、新しいことがいっぱい! 『楽しい』が勝ちます」と笑顔を見せる。

 取材日、西村さんが厨房で担当したのはデシャップというポジションで、「料理の出来栄えなどを最終チェックし、接客係の生徒へ渡します。と同時に、これから来店されるお客様の数と商品の残数を確認する『食数管理』が難しいです」と苦笑い。

 卒業後は大阪の専門学校に進む予定で、「料理の知識をもっと身につけてレストランで修行したい。いつかは自分の店を持ちたいです」と話してくれた。

卒業生もまちを盛り上げ

 「ESSOR」はフランス語で「飛翔」を意味する。開校14年目、三笠高校から羽ばたいた400人超の多くは道内外の飲食店やホテルなどで活躍。さらに近年は、三笠で起業・開店する事例も相次ぐ。

 1期生の上西歩夢(じょうにし・あゆむ)さん(29)は2024年4月にフィナンシェ専門店「Rire-Sourire(リル・スリール)」をオープンさせた。

 高校時代は製菓コースで「お菓子漬け」の日々を送り、卒業後は東京・辻調理師専門学校へ。旭川に帰郷後、2018年には三笠の地域おこし協力隊となり、カフェを営むもコロナ禍でキッチンカーに切り換えるなど紆余曲折。改めて自分の店を構えようと考えた時、思い出したのは「高校の寮友にもらって、めちゃくちゃ感動したフィナンシェ」だったという。

 3期生の佐々木響一さん( 2 6 )は、2024年8月にオープンした和食居酒屋「さとね」の店長を務める。

 中標津出身の佐々木さんが三笠高校に入学したのは「卒業と同時に調理師免許が手に入るから」。東京や札幌のすし店で計8年間修業した後、三笠の知り合いに声を掛けられ、新店の店長となった。

 高校時代を「急に和食にガチ(本気)になる友人に触発されたり、コンクールで試作を繰り返してようやく出品したら入賞して自信がついたり。どうしたらおいしくなるか、試行錯誤する姿勢は高校時代から培われました」と懐かしむ。

 驚くのは、上西さんも佐々木さんも、三笠が生まれ故郷ではないこと。髙瀨さんは「三笠の温かさが卒業生を動かしているならうれしい」、斎田教諭も「先輩が近くで活躍する姿は在校生にも大きな刺激です」と喜ぶ。

「Rire-Sourire」の上西歩夢さん
「Rire-Sourire」の上西歩夢さん
「さとね」の佐々木響一さん
「さとね」の佐々木響一さん

 春からは新体制でおもてなし

 昨年12月に西村さんたち3年生が引退し、「まごころきっちん」は3月までお休み。先輩の思いを受け継ぎ、春から心機一転、新体制で客を迎える。

 三笠の食材をふんだんに使う特色を生かし、「今後は生産者との距離をさらに縮め、コース料理にも挑戦したい。また、農業や水産など一次産業を学ぶ同世代の高校生と一緒に何かできたら素敵ですね」と斎田教諭は展望を語る。

 確かに食の王国・北海道の若い力が集まれば、楽しいことが出来そうだ。そこに卒業生や教員、市民、店のファンらの応援が加わると、可能性は無限に広がる気がする。あなたもその輪に加わりませんか? 「まごころきっちん」へ、いらっしゃいませ!

(文:新目七恵 写真:吉村卓也)

※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください

ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。

投稿テーマ『高校生』

あなたが高校生だったのはいつごろでしょう?
だいぶ前、少し前、ついこの間、記憶の彼方?ひょっとして現役高校生はいないかな?

私は、もう半世紀ほど前ですね。そのころ、将来どんな大人になるのかなんて、全く想像もつかなかったです。「進みたい道」なんて全く分かりませんでした。
学校と家の往復、都会の学校だったので、満員電車に毎日乗っていました。男子校だったのですが、けっこう荒れた学校もあった時代でした。学年が上がっていくにつれ、将来のことや受験についての不安が高まっていった記憶があります。
「青春」というような明るい記憶は、う〜ん、あんまり無いですね。
もし、高校生がいたら、今の世の中がどのように見えているのか聞いてみたい。
自分が17歳だったころ、覚えていますか?

高校生だった私。毎日まっすぐ家に帰り、のんきに過ごした。好きな男の子がいるわけでもなく、どちらかというと地味な女子だったわけで。
いま街中でキラキラした女子高生を見かけると、ちょっと羨ましい。
昨年末30数年ぶりの同窓会が開催され、みんなだいぶ変わったのに一瞬にして高校生に戻って本当に楽しかった。
どうやら私なりのキラキラした高校生活だったのかもしれない。(まさえさん)

毎日昼休みに友達と集まって体育館でバスケして遊んでたなーっていうのが一番の思い出です。女子校だったので男子の目もなくてわりとハチャメチャでしたね…
20年近く経った今も当時の友達とは毎年忘年会で集まったりしてその頃の話もするので懐かしいけどよく覚えています(はるなさん)

中学校時代を過ごした最北の街から札幌の高校に進学し、なぜそう思ったのか不思議なのですが、歩いて友人たちが待つ街まで行ったのです。家出ではなく大きなザックと寝袋を背負っての旅が高校時代の思い出ですね。一部どうしても車のお世話になった場所がありましたが、真夏の大冒険は無事に成功しました。今はその道を車で走りますが、数十年前の自分を探しています。(さとり-さん)

私は66なので半世紀以上前です。志望校もなく、そこなら入れるだろうと担任から言われて入った商業高校は、男子が1割程度のほぼ女子校でした。帰宅部でかといって勉強にも興味がなく、実に無気力な高校時代でした。その頃は個人情報保護などという認識もなく、新聞に実名で合格者が載るというすごい時代でしたね。(ヒロリンさん)

覚えています。家政科だったので和裁洋裁をやっていました。着物やスカートなども縫ったりしましたね。結構、忙しかったです。懐かしいなあ。(ひとみさん)

30年以上前ですね(笑)
弓道部にいたのが懐かしいです。(あきさん)

フランスでの学生生活めっちゃたいへんだったの(あやこさん)

私が17歳だった高校生の頃、クラスの仲良しの子から仲間外れにされて毎日が地獄のような日々でした。残念ながら楽しいい想い出はひとつもありません。(ししまるさん)

17歳の頃………遠い昔ですが、学校帰りに友だちとワイワイしながら寄り道をして、たくさんおしゃべりしたのを思い出します。
懐かしいですね。(ももこ3さん)

私も半世紀前、女子高に通っていました。当時は進路よりも、制服の着こなしや放課後の寄り道、深夜ラジオに夢中な日々。都会の満員電車に揺られながら、将来への漠然とした不安を友人と分かち合ったことが昨日のことのようです。華やかな「青春」とは少し違う、焦燥感と期待が混ざり合ったあの独特な17歳の空気。今の高校生たちが、SNSのあるこの便利な世の中をどう歩んでいるのか、ぜひ聞いてみたいですね。(cervejaさん)

35年前です。高校生には関係ありませんが、世の中はバブル景気でした。(ゆうさん)

ビートルズやエマーソンレイクアンドパーマーを武道館や後楽園球場に観に行った時代ですから、ものすごーい前です。アートに目覚めて目指して夢破れ…悔い大き青春… でも幸せだったかな。ホロリ。(ひろしさん)

集団生活が苦手で、高校含め学生時代にあまり良い思い出はありません。
子供がこの春、高校生になるので我が子はたくさん仲間を作り、学校行事も楽しんで高校生らしい楽しい思い出を作ってほしいと思っています。(あきこさん)

このシーズンになると、大学受験に頑張っていたあの頃を懐かしく思い出します。朝日新聞の天声人語が入試の勉強に良いと聞いて、すぐに朝日新聞を契約してもらいました。毎日書き写し、要約をまとめてノートを作っていました。国語の先生に添削してもらったりもしました。結果、無事志望大学に合格できました。朝日新聞とはそれ以来のお付き合いです。(びびちゃんさん)

数十年も前です。(あやたろうさん)

今振り返ると、もっと前向きに、好奇心旺盛に、いろんなことにチャレンジしてみればよかったと思います。しかし、卒業してから20年程経った頃から、同窓会を
ほぼ毎年行うようになり、年々盛り上がるようになっています。その頃の仲間と話をすると、当時の思い出がよみがえったり、その後の仲間入りの生き方に元気をもらえたりして、今では、恵まれた高校生活だったと思っています。(シゲさん)

もう半世紀以上(笑)前の事なので、ほとんど覚えていませんが、今でも数年に一度クラス会を開いて「青春時代」に戻っています。楽しい事も苦しい事もあったけど、その頃に出会ったクラスメイトは
やはり特別な存在だと思います。(miyaさん)

私も半世紀とはいかないけれど、もううん十年前の話。
テストが無けりゃパラダイスなのにな~って思いながら登校していたくらい大好きな学校でした。最寄りの駅から校門前まで小さな川が流れていて桜並木が続いていました。
小雨の中、散りかけた花びらをかさに乗せて歩くのが好きでした。(キョウコさん)

器械体操部で、筋トレと減量に燃えていました。あんなにストイックに筋トレや減量にはもう取り組めないなあ。(じゅんこさん)

覚えていない(笑)(イモリさん)

私が高校生だった頃は約40年前になります。当時は1クラス45人で8クラスほどあり大所帯でした。また元女子校だった名残から男子15人、女子30人で賑やかでした。私はバンカラ高校生に憧れていましたが、受験するほど出来が良くなかった為、希望校とは別の学校を受験しました。もし戻れるとした、中学3年生に戻りたいです。(ばあすさん)

良い意味で何でも許された寛容な時代。迷ったり、悩んだりする年頃、情報が少なく、かえって生きやすかったかも。現代より考える時間があったかも。(ちなつさん)

部活を頑張っていました!(さちさん)

何もしてなかったと思うので、取り返したいな(みなみさん)

60年前 今思えばアナログでよい時代だった(ののりりさん)

自分が17歳だったのは、10年前になります。
当時は部活も入っておらず、放課後に友達と遊ぶことがあまりありませんでしたが、この歳になり、高校時代の友達と遊ぶことが増えました。
大人になり、当時あまり遊んだことがなかった人たちとも遊べています。(ひなこさん)

高校時代から50年近く経ちました。あの頃はそれほど仲良くなかったクラスメイトでしたがいまだに毎年クラス会を開いています。事故の時に助けてくれた保険屋さん。歯が痛くなったら連絡する衛生士さん。父が亡くなった時相続の相談に乗ってくれた司法書士さん。ありがたい友達です。(minさん)

自由な校風の高校で 些細なことで道でしゃがみ込むほど笑い転げていた日々を思い出します 努力ということと無縁の日々の結果 世間的に云う成功者にはなれなかったとは思いますが 本人的には充足した日々でした 母校自体もそんな校風のためか(?)成績は残念な高校になってしまったようですが高校生という時代を振り返った時に楽しかったなと思い起こせるのは幸せなことです  (じゅんこさん)

バンドブーム真っ只中でライブハウスに良く足を運んでいました。(ゆみさん)

田舎の進学校の劣等生。
成績は上がらず悶々としていたなあ❗️(ちゅっちさん)

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