そのレストランは、土日・祝日のランチタイムのみ、不定期に営業する。派手な宣伝はしていないけれど、ほぼ予約で埋まり、いつも満席状態。こんな人気店が三笠にあることをご存じだろうか。北海道三笠高等学校の生徒が運営する「まごころきっちん」。開業10周年を迎えた、北海道でただ一つの〝高校生レストラン〟だ。
そのレストランは、土日・祝日のランチタイムのみ、不定期に営業する。派手な宣伝はしていないけれど、ほぼ予約で埋まり、いつも満席状態。こんな人気店が三笠にあることをご存じだろうか。
北海道三笠高等学校の生徒が運営する「まごころきっちん」。開業10周年を迎えた、北海道でただ一つの〝高校生レストラン〟だ。

「いらっしゃいませ!」。さわやかな声が響く店内では、接客担当の生徒がきびきびと立ち回っていた。活気あるオープンキッチンの厨房からは、だしのいい香りが漂ってくる。
客席に座ると天井のテレビモニターが目に留まる。生徒がフライパンで手早く作っているのは、だし巻き玉子だ。リアルタイムの調理映像に期待感が高まる。
「お待たせしました」と運ばれてきたのは、焼き物や揚げ物などが美しく盛り込まれた「青春御膳」。早速だし巻き玉子を頬張ると、うまみが口中にじわっと広がった。
「まごころきっちん」は、三笠高校の食物調理科に通う生徒が調理や接客を実践的に学ぶ場。「調理部」「製菓部」「地域連携部」と3つある部活のうち、「調理部」を選んだ1~3年生約30人が店を切り盛りする。つまり、部活動の一環として、レストラン運営を体験しているわけだ。
「生徒が自ら料理し、自ら接客してお客様に楽しんでいただく。だけでなく、材料発注やコスト管理、仕込み計画を立てるのも生徒です」と、顧問の斎田雄司教諭(37)は説明する。
「高校生レストラン」といえば、松岡昌宏主演のテレビドラマを思い出す人もいるかもしれない。一流料理人の臨時採用教師と高校生が料理を通じて成長するストーリー。そのモデルは全国初の〝高校生レストラン〟として知られる三重県立相可(おうか)高校「まごの店」だが、「まごころきっちん」の誕生と無縁ではない。始まりはちょうど、ドラマが放送された2011年にさかのぼる。




2011年、三笠市は前例のないことに挑戦しようとしていた。翌年3月に閉校となる道立高校の校舎を活用した、市立高校の開設。しかも、従来の普通科から、道内の公立高校で初となる食物調理科単科校に転換しての再出発である。
相可高校に着目したのは三笠市の幹部職員だが、「市立高校設立準備室」の一員で、開校後は初代校長を務めた髙瀨雅朗さん(64)は「少子化や人口減で道立高校が立ち行かなくなる中、市の活気衰退の危機感や、三笠高校を卒業した市職員の『母校を無くしちゃいけない』という強い思いがありました」と背景を語る。
道内で教員や教頭として20年以上高校教育に携わる髙瀨さんにとっても、学校の立ち上げは初めて。「教員集めも生徒確保も全部ゼロから」と苦労する一方、相可高校のある三重・多気町を視察し、「高齢化や主産業が農業という状況は三笠市と酷似し、食に特化した学校は地域活性化にも寄与できるはず」と感じたそう。
ところが当初、食物調理科での高校存続は反対の声も多く、市議会でも僅差で可決するなど議論を起こした。そのため、「生徒が地域貢献に積極的に参加するなど、地道な積み重ねで市民に意識を変えてもらおうとしました」と振り返る。

2012年の開校時、「まごころきっちん」はまだ無かったが、初年度から全国的な料理コンクールで入賞したことも評判を呼んだ。その立役者が、食物調理科の指導を担った斎田教諭だ。
実は、斎田教諭は三重出身。相可高校で調理を学び、「まごの店」で腕を振るっていたそう! 高校時代の恩師から三笠高校を紹介されたのは、三重の料亭で料理人として働いていた頃だった。
「恩師の薦めもあって大学では家庭科教員の免許を取得していたので、チャンスを逃しちゃいけないと思ったんです」と斎田教諭。着任時は24歳の若さで、「『一緒に勉強しよう』というスタンスで生徒と向き合いました」と語る。
ちなみに、「恩師」とはドラマで松岡が演じた新米教師のモデルとなった村林新吾さん。ドラマでは、教師としては未熟な主人公と生徒のぶつかり合いが描かれたが、現実では、村林さんの教え子・斎田教諭が新米教師となり、新しい〝高校生レストラン〟誕生に向けて奮闘していた……。ドラマの続きのような物語が、三笠で生まれていたのだ。
三笠市念願の〝高校生レストラン〟が始動したのは2015年11月、開校4年目のこと。
最初は市内の食堂を間借りし、2018年7月にカフェやレンタルキッチンなどを備えた三笠高校の研修施設「MIKASA COOKING ESSOR(エソール)」が完成すると、常設店舗がある現在の形となった。
「青春御膳」は2018年からの定番メニュー。斎田教諭は「ニンジンの飾り切りやカボチャの仕込みなど、生徒は3年掛けて作り方を学びます。手間が掛かる分、勉強になるんです」と説明する。
たとえば、だし巻き玉子は1年生の試験課題。優秀な生徒から厨房で担当できると聞き、やはり花形作業かと感心したら、「だし巻き玉子が作れることは最重要ではありません」と斎田教諭。「それを題材に伝えたいのは、仕事の仕方。効率良い手順を考え、準備しているか? 段取りの組み方や、より良くするために常に工夫改善をする姿勢を身に付けていれば、働くことに対する社会とのギャップは少なくなると思います」。
最初の授業で、斎田教諭は生徒に必ずこう告げるという。「プロ意識を持ちなさい」。「『高校なのにすごいね』の感想もありがたいのですが、目指すのは『高校生とは思えないね』です」との言葉に、本気度を実感。客の多くは札幌圏で、わざわざ道外から足を運ぶ人もいるのは、〝高校生レストラン〟の熱量に惹かれてのことなのだろう。


「まごころきっちん」に呼び寄せられるのは客だけではない。空知管内の高校で定員割れが続く中、三笠高校はほぼ毎年定員を上回る人気ぶり。生徒の多くは道内各地から集まり、寮生活を送っている。
調理部部長で3年の西村咲姫さん(18)は札幌出身。夕食作りを通して料理の楽しさを感じ、三笠高校を希望した。
平日の放課後は仕込みや試作、週末の営業日は朝7時半から午後5時頃まで部活=レストラン運営。大変では?と聞くと、「もう慣れました。毎日学ぶこと、新しいことがいっぱい! 『楽しい』が勝ちます」と笑顔を見せる。
取材日、西村さんが厨房で担当したのはデシャップというポジションで、「料理の出来栄えなどを最終チェックし、接客係の生徒へ渡します。と同時に、これから来店されるお客様の数と商品の残数を確認する『食数管理』が難しいです」と苦笑い。
卒業後は大阪の専門学校に進む予定で、「料理の知識をもっと身につけてレストランで修行したい。いつかは自分の店を持ちたいです」と話してくれた。
「ESSOR」はフランス語で「飛翔」を意味する。開校14年目、三笠高校から羽ばたいた400人超の多くは道内外の飲食店やホテルなどで活躍。さらに近年は、三笠で起業・開店する事例も相次ぐ。
1期生の上西歩夢(じょうにし・あゆむ)さん(29)は2024年4月にフィナンシェ専門店「Rire-Sourire(リル・スリール)」をオープンさせた。
高校時代は製菓コースで「お菓子漬け」の日々を送り、卒業後は東京・辻調理師専門学校へ。旭川に帰郷後、2018年には三笠の地域おこし協力隊となり、カフェを営むもコロナ禍でキッチンカーに切り換えるなど紆余曲折。改めて自分の店を構えようと考えた時、思い出したのは「高校の寮友にもらって、めちゃくちゃ感動したフィナンシェ」だったという。
3期生の佐々木響一さん( 2 6 )は、2024年8月にオープンした和食居酒屋「さとね」の店長を務める。
中標津出身の佐々木さんが三笠高校に入学したのは「卒業と同時に調理師免許が手に入るから」。東京や札幌のすし店で計8年間修業した後、三笠の知り合いに声を掛けられ、新店の店長となった。
高校時代を「急に和食にガチ(本気)になる友人に触発されたり、コンクールで試作を繰り返してようやく出品したら入賞して自信がついたり。どうしたらおいしくなるか、試行錯誤する姿勢は高校時代から培われました」と懐かしむ。
驚くのは、上西さんも佐々木さんも、三笠が生まれ故郷ではないこと。髙瀨さんは「三笠の温かさが卒業生を動かしているならうれしい」、斎田教諭も「先輩が近くで活躍する姿は在校生にも大きな刺激です」と喜ぶ。


昨年12月に西村さんたち3年生が引退し、「まごころきっちん」は3月までお休み。先輩の思いを受け継ぎ、春から心機一転、新体制で客を迎える。
三笠の食材をふんだんに使う特色を生かし、「今後は生産者との距離をさらに縮め、コース料理にも挑戦したい。また、農業や水産など一次産業を学ぶ同世代の高校生と一緒に何かできたら素敵ですね」と斎田教諭は展望を語る。
確かに食の王国・北海道の若い力が集まれば、楽しいことが出来そうだ。そこに卒業生や教員、市民、店のファンらの応援が加わると、可能性は無限に広がる気がする。あなたもその輪に加わりませんか? 「まごころきっちん」へ、いらっしゃいませ!
(文:新目七恵 写真:吉村卓也)
あなたが高校生だったのはいつごろでしょう?
だいぶ前、少し前、ついこの間、記憶の彼方?ひょっとして現役高校生はいないかな?
私は、もう半世紀ほど前ですね。そのころ、将来どんな大人になるのかなんて、全く想像もつかなかったです。「進みたい道」なんて全く分かりませんでした。
学校と家の往復、都会の学校だったので、満員電車に毎日乗っていました。男子校だったのですが、けっこう荒れた学校もあった時代でした。学年が上がっていくにつれ、将来のことや受験についての不安が高まっていった記憶があります。
「青春」というような明るい記憶は、う〜ん、あんまり無いですね。
もし、高校生がいたら、今の世の中がどのように見えているのか聞いてみたい。
自分が17歳だったころ、覚えていますか?
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