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特集Vol.260

コンサドーレ創設30年 〜コンサを撮って30年、85歳

公開:2026年4月20日

春を迎え、北海道もプロスポーツがシーズン真っ盛り。道内初のプロスポーツクラブとして1996年に誕生したのが、サッカーJ2の「北海道コンサドーレ札幌」だ(以下、「コンサドーレ」)。今年4月にクラブ創設30周年を迎えたコンサドーレの歩みを、草創期から見守ってきた人々の目を通して、地域に根差すプロスポーツクラブと市民のつながりを探ってみた。

特集「コンサドーレ創設30年 〜コンサを撮って30年、85歳」の表紙の写真です

30年、コンサと共に。
85歳現役カメラマンとサポーターたち

石井さん
カメラマンとして30年間、試合会場に足を運び続けてきた石井さん。自らも裏方を自認するだけに、縁の下でクラブを支えるスタッフたちとの交流は欠かせない。いつも現場で会う顔なじみのドーレくんと挨拶を交わす。

 春を迎え、北海道もプロスポーツがシーズン真っ盛り。道内初のプロスポーツクラブとして1996年に誕生したのが、サッカーJ2の「北海道コンサドーレ札幌」だ(以下、「コンサドーレ」)。

 今年4月にクラブ創設30周年を迎えたコンサドーレの歩みを、草創期から見守ってきた人々の目を通して、地域に根差すプロスポーツクラブと市民のつながりを探ってみた。

カメラで追ったコンサドーレの30年

 コンサドーレの創設時から現在まで、クラブの活躍をファインダー越しに追い続けてきたカメラマンがいる。それも元朝日新聞カメラマンと耳にした。その姿を求めて2月28日、ホーム開幕戦が行われる大和ハウスプレミストドーム(札幌ドーム)を訪れた。

 試合が始まるとフィールドの横では、カメラマンたちが選手の動きを追い始める。その中に、大きな望遠レンズをつけたカメラを手にする白髪のカメラマンがいた。この人こそ、この春で御年85歳を迎えた石井一弘さんである。石井さんは現在、「北海道サッカー情報紙 北のサッカーアンビシャス」のカメラマンとして、札幌でのホームゲームを中心に撮影を担当している。

 サッカーの魅力は、攻守が一瞬で入れ替わるスピード感にある。それだけに、選手のプレーも瞬間的な動きが多く、シャッターチャンスは限られる。数少ない好機を捉えようと、試合中の石井さんは3台のカメラを使い分け、片時も休むことなくシャッターを切り続ける。85歳という年齢を感じさせない、ベテランならではの動きだ。

 そんな石井さんとコンサドーレの出会いは、朝日新聞北海道支社で報道カメラマンを務めていた時のこと。大きな話題を呼んだ1996年のクラブ設立時、記者会見の段階から取材に関わり、その後は試合の撮影も手掛けるようになった。

 中学校時代は卓球にのめり込み、指導者を目指したこともある石井さんだけに、スポーツの撮影は苦にならなかった。「新聞社に入って最初に使われた写真が、1964年5月の王貞治選手4打席連続ホームランでした」と懐かしむ。1972年に西ドイツ(当時)で開催されたミュンヘンオリンピックに派遣され、そこで発生したテロ事件の写真をものにするなど、報道カメラマンとしても多くの実績を積んできた。

学生時代に始まる北海道との縁

 では、東京生まれの石井さんと北海道との縁は、いつ生まれたのだろうか。それは、日本大学芸術学部写真学科に入学した年、親友と北海道一周旅行をしたことがきっかけだった。根室での漁船拿捕のニュースを耳にしていた石井さんは、その旅で立ち寄った根室の地で、卒業制作の作品を撮ることを心に決める。

 その年の冬休みから、根室に住む先輩を頼って渡道。以来、休みごとに滞在し、計100日ほどかけてコンブ漁民の生活を追った。4年生の時、日ソ民間協定の締結で安全なコンブ漁が実現すると、現地に赴き、喜びに沸く6月の出漁風景を撮影して卒業制作を飾っている。

 大学卒業後は朝日新聞東京本社写真部に入り、報道写真一筋で過ごすが、入社から27年後の1991年、念願かなって北海道支社へ異動。2001年の定年退職後は、北海道で暮らしながら前出「北のサッカーアンビシャス」の編集委員兼カメラマンとして、コンサドーレの変遷を30年にわたり見つめ続けてきた。

 「コンサドーレが誕生した当時とプロスポーツ全盛の今を比べると、まさに隔世の感があります。コンサドーレの場合、サポーターが定着するとともに、ユースチームで育った選手がトップチームに昇格するようになり、地元に根付いたサッカークラブに成長したと感じています」と感慨深げに話す。

 試合がハーフタイムに入ると、石井さんは日本サッカー初のオフィシャルダンスドリルチームである「コンサドールズ」のコーチや、マスコットキャラクターのドーレくんなど、顔なじみのスタッフと親しげに挨拶を交わす。

 また、必ずキックオフ2時間前に会場へ入るのは、試合前に披露されるコンサドールズのダンスを撮影するためだ。「北のサッカーアンビシャス」では、試合結果とともに紹介するようにしている。「このダンスチームから巣立って、海外で活躍している子もいるんですよ」と顔をほころばせる石井さん。そのまなざしは、選手だけでなくクラブを支える裏方のスタッフにも向けられている。

 試合が終わると、石井さんはその足でサポーターの集まるドーム近くの居酒屋へ。顔なじみの仲間たちと酒を酌み交わしながら、コンサドーレや試合のことをざっくばらんに語り合う。その表情は、試合中とは打って変わり穏やかだった。

 「最近は決定的瞬間を撮り損なうようになった」とこぼす石井さんだが、「写真を撮ることを生きがいにしてきたから、ここまで現役を続けられたのでしょう」と話す柔和な表情が印象に残った。

小学校時代のサポーター魂が再燃!

 次に、小学生の頃からコンサドーレのファンで、今も熱狂的なサポーターという記者が、またしても朝日新聞社にいた。コンサドーレ創設の1年前に札幌で生まれた大瀧哲彰さん。現北海道報道センター所属の記者だ。兄の影響で小学校2年生からサッカーを始め、母親にせがんでコンサドーレの試合や練習をよく見に行っていた。「練習が終わった後、選手と一緒に写真を撮ってもらったものです」と大瀧さん。当時、正ゴールキーパーだった佐藤洋平選手に憧れ、自身もキーパーになったほどだ。

今回の取材を機に初めて対面した、先輩後輩の関係でもある石井さんと大瀧哲彰さん(左)
今回の取材を機に初めて対面した、先輩後輩の関係でもある石井さんと大瀧哲彰さん(左)

 高校から大学にかけてブランクはあったものの、関西に転勤してからサッカー観戦を再開。そんな時、コンサドーレのアウェー戦を観た大瀧さんは、北海道から遠征してきたサポーターたちが歌う応援歌を久しぶりに耳にした。「小学生の頃によく聞いた歌を本州で聞いて、胸が熱くなりました。その時、サポーター魂に再び火がついたんです」。

 コンサドーレを応援することで、道産子である自らのアイデンティティーを再確認した大瀧さん。昨シーズンはほとんどのアウェー戦を観戦し、「会場でユニフォームを着ると身が引き締まるんです」と笑う。そして昨秋、札幌に異動となり、9年ぶりに故郷へ帰ってきた。

 「北海道に戻り、初めてコンサドーレの試合や選手を取材できて感慨深かったですね」。今は週末に兄家族と一緒にサッカー観戦するのを楽しみにしている。

 「サッカーに熱中していた小学校時代、同い年でずば抜けて上手いと評判だったのが、コンサドーレのトップチームで活躍した深井一希選手です。現在はユースチームのコーチを務めています」と大瀧さん。デビューから引退までコンサドーレで過ごした深井さんをはじめ、ユースから育つ生え抜きの道産子選手が多いことも、クラブの大きな魅力となっている。

30年、響き続ける声。  

赤と黒のユニフォームを着たサポーターたち
今年のホーム開幕戦で観客席を埋め尽くす、赤と黒のユニフォームを着たサポーターたち。場内に響き渡る地鳴りのような声援が、会場の雰囲気を一気に盛り上げる

命名者が明かす愛称誕生秘話

 最後にお会いしたのは、埼玉県出身の梶原広美さん。1995年11月、会社員だった夫の転勤で、梶原さんは札幌へ転居した。「スキーを滑りに北海道へ来たことはありましたが、暮らしてみるとあまりにも寒くて……。しばらくは自宅に引きこもっていました」。そんな時、北海道に誕生するプロサッカークラブが愛称を公募しているとテレビで知った。

 当時はJリーグが大人気で、本州ではサッカー観戦がブーム。お気に入りのクラブは鹿島アントラーズで、のちにコンサドーレに在籍することになるアルシンド選手のファンだった梶原さんは、よく試合を観に行っていた。ところが札幌に来てみると、地元にJリーグ昇格を目指すクラブが誕生するというのに、盛り上がりはあまり感じられなかった。

 「神奈川県に住んでいた時、地元のベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)がJリーグに昇格して、市民がものすごく喜んでいたんです。それに比べて、札幌は意外に冷めているなあと感じたことを覚えています」。

 少しでも盛り上げたいとの思いと、外に出かけるきっかけが欲しかった梶原さんは、愛称の応募を決意。地域の特色を盛り込もうと、北海道のことを知るために図書館へ足を運んだ。そこで北海道特有の動物などを調べ、さまざまな外国語に置き換えて候補を絞り込んでいった。

 「その頃、Jリーグのクラブは市町村単位での登録だったので、あくまでも札幌市のクラブでした。でも、北海道のクラブでもあるよねと考えて、“道産子”もキーワードに選んだんです」。さらに、友人に教えられた逆ネーミング(逆さ言葉)の発想をヒントに、「道産子」をひっくり返し、そこに明るいラテン系のイメージがある“オーレ”をつけるアイデアがひらめいた。

 そして、2700通余りの応募作から選ばれたのが、梶原さんの「コンサドーレ」だった。外国語をアレンジしたクラブ名が主流の中、梶原さんの案は日本語をベースにしたオリジナリティーがあり、言葉の響きも良かった。最終候補には「アンビシャス」なども残ったが、メインスポンサー石屋製菓の石水勲社長(当時)が「これが一押しでした」と話したように、関係者からも高い支持を得たようだ。

コンサドーレの命名者の梶原広美さん。シーズンシートでホームでの試合観戦を欠かさない。
コンサドーレの命名者の梶原広美さん。シーズンシートでホームでの試合観戦を欠かさない。

スポーツ文化を支えるサポーターたち

 当初は関東圏に戻ることも考えていた梶原さんだが、「札幌の暮らしやすさがわかったことと、週末はコンサドーレを応援することが決まったことは、私の人生にとって大きな出来事でした」と語り、札幌に骨を埋める覚悟を決めたという。その後、試合会場でサポーターが愛称を連呼するのを耳にした時は、胸がじーんと熱くなったそうだ。

 今もシーズンシートを確保し、ホームゲームの観戦を欠かさない梶原さんは、クラブの運営を支える市民株主の一人でもある。「全国規模の大企業がバックにいるわけではないので、クラブを支えるサポーターの存在は、スポーツ文化に対する地域の意識の高さを示すと思います。地元のクラブを一生懸命応援する喜びを持つか持たないかで、人生は大きく変わります。私もその一人なんです」。

 かかわり方は人それぞれだが、地域に溶け込むプロスポーツの存在は、そこで暮らす人々に誇りと喜びを与えてくれる。札幌、そして北海道にその熱気を運んでくれたコンサドーレの30周年を祝福するとともに、これからも道民の地元愛を育む存在であり続けてほしい。

(文:井上哲 写真:吉村卓也、能登匡洋)

※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください

ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。

投稿テーマ『継続は力なり』

何事も長く続けていれば、それ自体が自分の力になる、人に負けない強みになるはず、そうに違いない!と、思いつつ、そんなに長く続けているものあったかなぁ〜、と恥ずかしながら人に誇れるようなものがありません......。
いろいろなものに興味を持つのですが、飽きっぽい性格ゆえ気移りも早い。コツコツと長く何かを長く続けている事をお持ちの方に会うと、「すごいな〜」と思ってしまいます。
みなさまはいかがでしょう?
長くやっていること、長続きしているもの、何かありますか?

日記代わりの「一行メモ」を5年続けています。元々は飽き性で、三日坊主の常連でした。しかし「一文なら失敗しようがない」とハードルを極限まで下げたことで、気づけば習慣に。頭の中が整理できておすすめです!(cervejaさん)

最初は頑張るのですが、独学でやろうと思う勉強な続いたことがありません。
強いて言えば‥中学生の時から続けている懸賞応募が長くやっていることかなぁ‥。(あきこさん)

姪がぬいぐるみ感覚で買ってきた子犬。
ろくに面倒も見ず、彼氏と同棲するからと置き去りにされそれからずっと面倒を見てきました。
そんな子犬も今月で13歳。
もうお別れの時が近づいてきていますが1日でも長く一緒にいられるようこれからもお世話したいと思います。(はつかさん)

1日30分の腰痛体操を約2年。ずいぶん楽になりました。(未確認飛行物体さん)

気づけば長く続いているのは「日常を記録すること」です。特別なことではなくても、感じたことや小さな出来事を書き留めるうちに、自分の考えや気持ちの変化に気づけるようになりました。続けることで、自分を知る力が少しずつ育っている気がします。(みさきさん)

無いです(。´Д⊂)継続してコツコツと。難しいです。運動等も、春夏秋は出来ても寒い冬になると引きこもるので継続しない。継続している方、尊敬します。(kawaさん)

雪がある時はスキー、なくなれば釣りに行ったり、走ったり、山に登ったり…どれも50年はやってます。(ペヨシジュンさん)

毎日のストレッチを欠かさずやっています。肩や肩甲骨を動かしたり柔軟をして体を動かすと気持ちがよいです。少しの空いてる時間やテレビを見ながらでも出来るので飽きっぽい私でも長続きしている感じです。これからも続けていきたいです。(ひろみさん)

新聞は中学生ぐらいから読み続けています。50年ぐらいですかね。今も一番信頼できる情報源です。(タッチさん)

特にないな~、しいて挙げるならTVゲームだな。ファミコンから始まり常に家にはゲーム機あるかな。(よつしーさん)

38年前にOLを辞めてアメリカに留学しました。そこで出会ったアメリカ人女性との友情が、ずっと続いています。昔は、時差を考慮しての国際電話と手紙のやり取り。現在は、ネット通話で月一度、一時間半程お喋りします。距離と時差があるので、お互い続けようとする思いがなければ、この友情はここまで続かなかったと思います。(まさこさん)

懸賞。小学生の頃はまり、早40年近く。地味にずっと続けています。(あきさん)

筋トレをしたいのですが、いつも三日坊主です。(キャンさん)

本が好き、というのが小学生くらいの頃からずーっと続いています。
図書館で働きたいと言い続けていたのも小学生の頃からで、夢を叶えて図書館で働いている今、小学校の同級生にも中学校の同級生にも高校、大学の同級生にも、みんなに「叶えたんだ!」と言ってもらえます。
飽き性な自分ですが、言ってもらえるたびに「そんなに同じ夢を言い続けてたんだな~」と少し感動します。(あやかさん)

ストレッチ体操(チイチイ江森さん)

YouTubeでエクササイズ(じゅんこさん)

長くやっているのは、3歳から始めたバルエ、中学でやめてしまいましたが、40代になってもストレッチ、柔軟はやっています。やらないと、伸ばさないと気持ち悪く感じて、横も縦も開脚ぺったりつきます!(つほさん)

漢字パズル(よしこさん)

寝る前の軽いストレッチ(むら5さん)

ストレッチとウェイトトレーニング(みきおさん)

ふだん漫画は、読まないのですが、ゴールデンカムイは、継続して、見ています。とても、楽しいです。(ゆかさん)

毎日ジョギングしています。(キンキン江森さん)

朝日新聞を読むこと。実家でも取っていたので、かれこれ50年以上。忙しいとたまってくるのですが必ず目は通します。お気にいりの記事はスクラップして、何年後かに読み返すと感慨深いです。夕刊がなくなったのが、ちょっと寂しい!(チャイさん)

マラソンを35年続けています。以前は100キロマラソンも走っていましたが72歳になった今は100キロは卒業してフルとハーフマラソンを年間10本以上走っています。今年も北海道マラソン走ります。33回目の連続完走を目指して頑張ります。(がーくんさん)

子供の妊娠がわかってから一行日記をつけて12年になります。今では3人分を一行は必ず手帳に書いています。たまに見返すと成長してたり変わらないことが良くわかります。(のぶよさん)

週1回のジム通い(コム705さん)

「継続は力なり」を実感しているのは、どんなに忙しくても毎日“ありがとう”を伝えることです。家族に、周りの人に、小さな感謝を積み重ねてきたことで、人とのつながりが自分の一番の強みになりました。特に強要はしてませんが5歳の娘も「ありがとう」を家族や幼稚園のお友達にも伝えられるようになりました。これからも続けていきたい、私の大切な習慣です。(ゆみさん)

英会話(せいこさん)

神社巡り
(旅行、出張など行った際に宿泊場所近くの神社に朝散歩がてら参拝するのをここ5年位続けています。)(ユキユキユッキさん)

海外旅行(しょうぐんさん)

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