銭湯、市場、商店街、食堂、菓子、デパート、まち雑誌……。私たちの暮らし、その土地で育まれた営みに関するあらゆる事柄を「まち文化」と呼び、記録し続ける人がいる。在野の研究家・塚田敏信さん(76)。活動を始めて40年余り、「皆さんの家庭にも〝お宝〟が眠っているかもしれません」と話す塚田さんに、「まち文化」の魅力を聞いた。

銭湯、市場、商店街、食堂、菓子、デパート、まち雑誌……。私たちの暮らし、その土地で育まれた営みに関するあらゆる事柄を「まち文化」と呼び、記録し続ける人がいる。在野の研究家・塚田敏信さん(76)。活動を始めて40年余り、「皆さんの家庭にも〝お宝〟が眠っているかもしれません」と話す塚田さんに、「まち文化」の魅力を聞いた。
「ここは江別で最も古いエリア。20年ほど前は銭湯が2軒、本屋が3軒あり、何度も通ううちに商店街の方と親しくなり、古いチラシをいただいたりしました。第一級の資料ですね」。
4月中旬、JR江別駅前の住宅街を歩く塚田さんは、懐かしそうに話した。
「まち文化」の掘り起こしに欠かせない「まち歩き」に同行させてほしいと頼んだところ、勧められた場所がここ。「条丁目地区」と呼ばれる江別駅前は、舟運と鉄道が交わる交通の要衝として発展し、現在も旧岡田倉庫(アートスペース外輪船)やレンガ造りの元郵便局(喫茶ドラマシアターどもⅣ)といった歴史的建造物が点在する。
「まち歩き」といえば、散歩系のテレビ番組などでおなじみの言葉で、今号の本誌投稿塾でも読者の皆さんの楽しみ方が紹介されているけれど、塚田さんの目の付けどころは、少し変わっているかもしれない。
「街区表示板など、昔の匂いがするものを探すんです。最初の頃は煙突を目指しました。銭湯のある界隈はいい雰囲気なので」。
塚田さんの求める「まち文化」は、公式記録や観光ガイドブックには載らないような情報ばかり。だから、とにかく現場を歩き、自分の目で見て、地元の人と話すことを大切にしているという。この日も、江別で老舗商店を営む林敏昭さん(79)のもとを再訪し、商店街の現状や往時の記憶を熱心に聞き取っていた。
塚田さんの名前を見て、朝日新聞北海道版の夕刊に連載されていたコラム「まち歩きのススメ」を思い出す方もいるのではないか。毎週さまざまなテーマで塚田流・まち歩きの成果を伝えるディープな内容は好評を得て、2011年から約9年間にわたって続いた。
今も講座やイベント、著書など「まち文化」をライフワークとする塚田さん。生まれは赤平、小学校から大学までは札幌で育ったそうだが、「当時は『まち』に対する意識は全くありませんでした」と振り返る。
転機は、道立高校の教員となり、釧路に赴任した30代の頃。
「気候も風景も札幌と全く違う。自分を取り巻く環境が場所によって異なることを実感し、土地のことを知りたくなりました」。
そこで、まずは道東の観光地を巡ってみたものの、すぐに飽きてしまう。次に、地元の銭湯に足を運んだところ、「すべてが語り掛けてくる感覚が湧き、目覚めました」。
以降、勤務時間外や週末を使って、道内各地の気になる場所や店をコツコツ探訪。担当する社会科の授業でも生徒に地域調査してもらうなど、身近な「まち」の細部を見つめ、その価値やつながりを考える活動をスタートさせる。釧路から札幌に転勤した後も、独自の取り組みは続き、学校の図書活動や地域連携イベントなど、さまざまな形で花開いた。
塚田さんにとって思い入れの深い分野の一つが、銭湯だ。
「のれん一つとっても工夫があり、地域性を伝えます。番台や下足箱、おけなど、どれもが銭湯文化を伝える貴重な物なんです」と言葉に熱がこもる。
ところが、銭湯が閉業すると多くが処分されてしまうことに気付き、出来る限り手元で保管するように。今やその数は千点以上に及ぶという。
黄色いケロリンの風呂おけに「懐かしい」という声が聞こえてきそうだが、塚田さんは「レトロやノスタルジーといった感覚で集めているわけではありません」という。
「過去は終わったものではなく、これからの未来を見通すもの。今どうすれば良いか、これからどうあるべきかを考える刺激剤にしてもらいたいんです」と思いを語る。
具体例が、「お湯わきました」と書かれた木の板だ。釧路にあった銭湯・新橋湯から譲り受けたもので、のれん代わりのようだったが、「なぜ木製なのか、店の方もご存じありませんでした」と塚田さん。
その後、室蘭の銭湯で「開湯」、札幌や夕張の銭湯では「ご入浴下さい」という木の板が見つかる。これらが存在する理由がわかったのは、今から20年ほど前、1939(昭和14)年の小樽新聞を読んだ時だったという。
「〝ぜいたくは敵〟という戦時下の当時、小樽の浴場組合が経費のかかる布製のれんを止め、木製の看板を使うという記事でした。単なる物が、実は日本の歴史を物語っていた。そんな発見も『まち文化』の醍醐味です」と解説し、「こうした物から、戦争のきな臭さを感じ取ることも可能ではないでしょうか」と指摘する。
ちなみに、この木の板を塚田さんは「営業札」と呼んでいた。確認のため聞き返すと、「私の造語なんです」と言われてびっくり。
聞けば、「まち文化」を調査するうち困ったのが、「呼び名がない」という状況。そこで、「湯号」(=風呂屋の店名)や「駅生」(=駅弁のように駅ホームで販売された生菓子)など、塚田さん自身がひねり出したオリジナル語が増えたというから面白い。
実は、「まち文化」もその一つ。当初は「町のつながり」と表現していたが、2010年に市民団体を立ち上げることになり、「まち文化研究所」と名付けたのが始まり。「まち」をひらがなにしたのは、「都会的な『街』も、人のつながりを感じさせる『町』も、どちらも飲み込める表現だから」という。
「戸惑いますよね」と笑う塚田さんだが、造語とは、いわば新しい見方や価値観を示すもの。既存の枠組みにとらわれず、自由な発想で人と地域の営みをとらえ直していることのあらわれではないだろうか。

銭湯の話題でもう一つ、忘れられないエピソードを聞いた。
それは、「脱衣所の格好良さが北海道一!」と塚田さんが太鼓判を押す小樽・中央湯にまつわる物語。
ある時、経営者から「もうやめようと思う」と打ち明けられた塚田さんは、いてもたってもいられず、「まち文化研究所」の仲間とイベントを行った。
「参加者と湯につかり、ビン牛乳を飲む〝お祭り騒ぎ〟でしたが、その後、しばらく経ってから連絡があったんです。『先生、やめるのを、やめるわ』という嬉しい内容でした。この活動が力になることもあるんだ、やり続けることは必要なんだと思いました」と当時の心境をしみじみと語る。
とはいえ、残念ながらこれはレアケース。時代が移り変わる中、塚田さんが愛する昔ながらの店や場所は一つ、また一つと姿を消している。
店や地域の苦しい状況を理解しているからこそ、塚田さんは「自分が『いいな』と思ったら、どんな形であれ応援したい。私たちそれぞれがアクションを起こせば、もっと生き生きした『まち』になると思うんです」と信念を語る。
さて、表紙の写真は「小樽まち文化博物館」。塚田さんが主宰する「まち文化研究所」が展示を手掛ける初の常設スポットで、小樽市の指定歴史的建造物「旧寿原邸」内に2024年誕生した。
4月下旬、5月の開館に向けて作業中の現場にお邪魔したところ、目に飛び込んできたのは、にぎやかな紙袋やマッチ、豆腐のパッケージなど。3年目の今年は「〝まち〟は生きてるかい~わたしのディープな愛のかたち~」と題し、「まち文化研究所」メンバーの秘蔵コレクションを展示の目玉にしたそうだ。
大量の紙袋やマッチをお披露目した50代の女性は「塚田さんの講座を聞いた10年ほど前から参加しています。幼い頃から収集癖があって大切にしていたのですが、こうして並べるとデザインの美しさに見とれますね」と笑顔。
一方、豆腐コーナーを担当する60代女性は「道内で豆腐を作る個人店が気になり出し、食べ歩きや食べ比べを楽しみながらパッケージを集めているんです」と説明。もともと古い建物鑑賞が好きで、塚田さんに共感するという彼女に「まち文化」の楽しさを聞くと、「町並みを見る目が変わります。歳を重ねるほど感動します」と話してくれた。


「小樽まち文化博物館」のチラシに、こうあった。
「教科書のレキシとは温度の異なる〝足もとの歴史〟を伝えます」。
誰に頼まれたわけでもなく、心の赴くまま探究し、新しい文化資源を見つける塚田さん。自分たちのペースで「まち文化」を楽しむ仲間の方々の話から、彼らの目を輝かせる〝宝物〟は、身近な場所にたくさんあるのだと実感した。それらを慈しむことは、今この瞬間を尊び、より良い未来を生み出す力になるのかもしれない。
インタビューの最後、塚田さんはこう締めくくった。
「展示をただ見たり、私の話を聞いたりするよりも、自分で好きな対象に接しながら、世界に入り込む方が絶対に楽しいです。皆さん、一緒にやりませんか?」
(文:新目七恵 写真:吉村卓也)


町をぶらぶら歩くこと、ありますか?
北海道、とくに地方では、どうしても車での移動が多くなりがちです。でも、たまにゆっくり町を歩いてみると、車では気づかなかった景色や発見に出会うことがあります。
「あれ、こんなところにお店があったんだ」
「ここ、昔は何があったんだっけ?」
何十年も変わらない風景にほっとしたり、数年で大きく姿を変えた町並みに驚いたり。知らない町を歩くのも楽しいものです。
お気に入りの散歩コースや、思い出に残っている「まち歩き」はありますか?
みなさまの「まち歩き」の楽しみ方、ありますか?どうぞお聞かせください。
私も2年ほど住んでいました!もんじゃストリート最高です(H)
芦屋と聞いただけで立派なガーデンが並んでいる風景が想像できてしまいますね(H)
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