

ああ、始まってしまった。
春の高校野球大会が始まった野球場で、選手や監督を囲む他社の記者たちに交じりながら、途方に暮れていた。
何を話しているのか、わからない。
入社時点での野球に関する知識は、ほぼゼロ。野球をする楽しさも、観戦する面白さもわからない。会社から配られた野球の知識を問うアンケートでは、「ボールを打ったあとに、どこに走るかわからない」に丸をつけた。
しかしこの会社では、そんな記者も高校野球取材を担当する。記者3年目の今年、その番が回ってきた。
野球場も高校のグラウンドも、どこか居心地が悪い。それでも、夏の大会が始まるころには、選手たちの話に引き込まれるようになっていた。
冬の間、元美術造形室に持ち込んだ打撃マシンで練習を重ねたのは、国内有数の豪雪地の公立高の選手たち。強豪校の速球も怖くないと話し、優勝候補を追い詰めた。
難聴を持つ主将からは、話を聞き返すことへの恥ずかしさを乗り越え、チームをまとめていると聞いた。てんかんのある選手や、足に障害のあるマネジャーもいた。外見からはわからないこともある。自分の周りにも、そうした生徒がいたのかもしれないと思った。
高校野球には、時代の変化も映っていた。「指導者の時間を取らないので、聞きやすい」。そう言って、生成AIに練習メニューを相談する選手がいた。別の強豪校では、生成AIに相談し、これまでのデータをもとに打順を組み替えていた。
経済ともつながっていた。公共交通機関が限られた地域の指導者は、バス代の高騰に頭を悩ませていた。道具代や宿泊費、遠征費が上がり、野球をする負担が重くなっているという声も、各校で聞いた。
高校野球には、雪国の暮らし、障害との向き合い方、AIが身近にある高校生の日常、物価高や過疎化が教育に影響している地域の実情など、様々なものが映し出されていた。
南北海道の代表校が決まったときには、札幌日大の同行取材をした。普段は意外なほど落ち着いて見えた選手たちが、甲子園球場では異なる表情を見せた。
積み重ねてきた努力を一瞬のプレーに賭けるときの真剣さ、それが実ったときに湧き上がる笑顔や、それでも叶わずに泣き崩れる様子に、原稿を忘れて見入った。こんなにも真っすぐになれるものがあることが、うらやましいと思った。
正直なところ、野球がわかるようになったとは到底言えない。どんなに初歩的な質問にもあきれずに答え続けてくれる先輩たちと、「何とかなるから大丈夫」と言いながら何とかしてくれる上司に頼りすぎてしまったからだ。それでも、野球をする人、野球を支える人たちには、少し近づけた気がしている。