

ヒグマの足跡を初めて見た。
札幌に赴任中の昨年3月、雪が残る藻岩山の登山道を歩いていると、数人が集まって同じ方向を覗き込んでいる。視線の先には、5本の爪跡と逆三角形の足裏の型がはっきりと雪原に刻まれていた。その軌跡は、多くの登山客が行き交う道を堂々と横切っている。
ヒグマが身近な存在であることを実感した瞬間だった。東京本社版でも大きく取り上げられていた「OSO(オソ)18」の記事を読みながら、そのときの、ぞくっとした感覚を思い出した。
「不思議なんですが、クマが憎いと思ったことは一度もないんです」
こう話すのは、27年前、ロシアでの取材中にクマに襲われて急逝した写真家、星野道夫さんの妻、直子さんだ。インタビュー記事が1年前の道内版にある。
「最初はどうしてこんなことが起きたんだろうと、現実を受け入れられなかった。だんだん事故の状況がわかり、クマが好きでやったことではなく、人が作ってしまった環境のせいで起きたことなのだと知りました」「クマたちの生活は自然の中にある。お互いに距離を持って接しなければいけないのでは。クマの撮影時、道夫さんは急にばったり会わないように見通しの悪いところでは、ここに自分がいる、と大声で知らせながら歩いていました。クマだって人と出会いたくないのです」
ああ、人間臭い場所に来てしまった。急いで離れなくちゃ。
足跡を残して走り去る藻岩山のクマの声が聞こえてきた。
朝日新聞 前北海道支社長 山崎靖