

幕末の長岡藩は、会津を征伐しようとする新政府軍の進軍路にあった。その藩に忽然と現れ、藩の独立と「武装中立」を頑なに推し進めようとしたのが河井継之助(つぎのすけ)だ。「峠 最後のサムライ」は司馬遼太郎の同名のベストセラー小説を元に、役所広司が河井継之助を、その妻「おすが(すが)」を松たか子が演じる。
河井は当時としてはかなり開明的な武士であった。武士の時代はほどなく終わりを告げること、外国列強の前には剣術など無用のものであることを骨の髄までわかっていた。
会津に攻め入ろうとする新政府軍に愚直に交渉に出向く。長岡藩が調停して和睦に導こうと言う魂胆だ。だがそれは、単なる平和主義ではなく、ハリネズミのように近代兵器で武装した、超軍事藩長岡を背景にした交渉であったようだが、提言は若い新政府軍将校にけんもほろろに拒絶された。
司馬遼太郎が河井を描いたもう一つの小説に、短編の「英雄児」がある。その中で司馬は河井には相当手厳しい。交渉決裂と見ると、「開戦止むなし」として、長岡を戦火に巻き込み、多くの民が巻き添えで死んだ。北越戊辰戦争だ。新政府軍の暴挙に憤慨し、「義」を通した英雄として称賛される一方、その決断は長岡の民には不人気な一面もあった。継之助は戦場での傷が元で死ぬが、生き残った妻すがは、亡き夫への非難も多い長岡にいづらくなる。明治になり、札幌農学校にいた元長岡藩士森源三を頼って北海道に渡り、そこで没していた。こんなところで北海道との関わりが出てきたことに驚いた。
この映画を見るにつけ、今日の世界情勢を思い起こさずにはいられなかった。河井は確かに傑出した才能の持ち主であったには違いない。最後に「英雄児」からの司馬の言葉を引く。「英雄というのは、時と置きどころを天が誤ると、天災のような害をすることがあるらしい」
さて、河井をどう見るか。歴史は繰り返すのか。この映画で大いに考えさせられるところだ。
(評・吉村卓也)
6月17日(金)公開 ©2020「峠 最後のサムライ」製作委員会 札幌シネマフロンティア、ユナイテッド・シネマ札幌などで公開