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特集Vol.265

読者とともに20年 〜AFCプレミアムプレスの歩みと、これから〜

AFCプレミアムプレスは、2026年9月で創刊から20周年を迎えました。多くの読者の皆様に支えられ、地域に根付いた情報紙として成長してきたAFCプレミアムプレス。この節目に、紙面をリニューアルすることになりました。これまでよりもっと読みやすく、もっと愛される紙面へ。暮らしに役立つ情報から、毎日を彩る話題、子育てが楽しくなるヒントまで、内容をブラッシュアップして皆様にお届けします。

公開:2026年9月24日

読者とともに20年
AFCプレミアムプレスの歩みと、これから

AFCプレミアムプレスに携わる3人が、それぞれに見てきた20年を振り返り、これからに思いを馳せます。

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Memories of 20 Years in Hokkaido①

“二十歳”になったプレミアムプレス。
これからもお付き合いください。

 AFCプレミアムプレスが誕生したのは2006年9月。当時、朝日新聞社の販売部でデスクをしていた私が、「朝日新聞の読者にふさわしい、知的で上質なフリーペーパーを制作したい」と朝日サービスに依頼したのが始まりでした。創刊号の巻頭特集は、北海道を代表する馬具メーカー・ソメスサドル。北海道の「プレミアム」を象徴する特集でした。振り返れば、プレミアムプレスは私にとって「子ども」のような存在です。

 この20年間で特に忘れられないのが、2008年に行った函館へのバスツアーです。ライトアップされた五稜郭の野外特設ステージで、野村萬斎さん、万作さん親子が披露した狂言は本当に幻想的でした。全国紙ならではの企画力、北海道という土地、そして文化芸術に造詣の深いAFC会員の皆さん。そのすべてがそろって実現した、まさに「奇跡のイベント」でした。

 その後、転勤などでプレミアムプレスを離れましたが、朝日新聞社を退職後、朝日サービスへ。2019年、社長に就任し、生みの親が巡り巡って作り手になったことに、不思議な縁を感じています。

 そして、この機会にもう一つ告白を。実は、「投稿塾」で皆さんにお返事している「編集部のH」は、私です。毎回、投稿を読むのが楽しみで、思わず自分のことまで話してしまうこともしばしば。読者の皆さんと言葉を交わせる、この双方向のつながりこそAFCの魅力だと思っています。

 20周年を機に、プレミアムプレスは新しくなります。これまで支えてくださった読者を大切にしながら、30代、40代の子育て世代にも手に取ってもらえる媒体へ。紙、ウェブ、テレビをつなぎ、新聞を読む習慣のない世代にも信頼できる情報との出合いを届けたい。これまで以上に素敵なコンテンツをお届けしますので、どうぞご期待ください。

株式会社 朝日サービス
代表取締役社長 星野 修一
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Memories of 20 Years in Hokkaido②

毎日お届けする新聞だから
地域をつなぐ架け橋になれる。

 この20年、駒大苫小牧高校の甲子園三連覇がかかった夏の大会など、忘れられない出来事がいくつもありました。中でも強く記憶に残っているのが、2018年の北海道胆振東部地震です。ブラックアウトの中、懐中電灯の明かりを頼りに作業し、いつも通り新聞を配達しました。スマートフォンも充電がなければ使えない状況で、新聞だけは確実にニュースを届けられる。改めて新聞の役割を実感しました。

 毎日の配達を通して、読者の皆さんとの交流も生まれます。挨拶を交わしたり、時には家庭菜園の果物をいただいたり。配達時に異変に気づき、見守りにつながることもあります。ただ新聞を届けるだけではない、地域とのつながりが販売店にはあると思っています。

 プレミアムプレスはこの20年で読者の皆さんに浸透し、なくてはならない地域情報紙に成長したと感じています。さらにグレードアップし、「プレミアムプレスが読みたいから、朝日新聞を購読している」といわれるようになってほしいですね。読者の皆さんがご近所にもすすめたくなるようなプレミアムプレスを、私たち販売店が全力でお届けします。

ASA篠路屯田
所長 廣田 弘
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Memories of 20 Years in Hokkaido③

読者の皆さんの声を力に
暮らしを彩る、身近な情報紙を。

 私がプレミアムプレスの編集に携わるようになって約5年。それまでは一つの読み物として見ていましたが、作り手になって驚いたのが、読者の皆さんの熱量です。毎号「投稿塾」には500~600件もの投稿が寄せられ、プレゼントには1万件近い応募が集まることも。時には厳しいご意見をいただくこともありますが、それも真剣に読んでくださっているからこそだと感じています。また、多くの方からいただく「ずっと読んでいます」「楽しみにしています」という言葉が、もっと良い紙面を作りたいという原動力にもなっています。

 2022年と24年に、Z世代と新聞に関する特集を組みました。その紙面で、若い世代の考えに触れ、カルチャーショックを受けると同時に、面白さも感じました。これからも幅広い世代をつなぎ、皆さんに楽しんでもらえる媒体にしていけたらと思っています。紙面とウェブ、それぞれの良さを生かすとともに、イベントなど直接お会いできる機会も増やしたい。読者の皆さんの顔が見える、もっと身近で参加したくなる、そんなプレミアムプレスを目指します。

株式会社 朝日サービス
プレミアムプレス編集長 小笠原 香織
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20年の主な出来事と
その年のプレミアムプレスの表紙

2006 創刊号!

  • 駒苫が早実と延長再試合、準優勝。
  • 日ハムが44年ぶり2度目の日本一。
  • 流行語大賞「イナバウアー」「品格」

2008

  • 北海道洞爺湖サミット開催
  • 流行語大賞「アラフォー」「グ~!」

2010 通巻50号!

  • 北海道大学名誉教授の鈴木章氏がノーベル化学賞を受賞
  • 流行語大賞「ゲゲゲの~」

2011

  • 東日本大震災発生
  • なでしこジャパンW杯優勝
  • 流行語大賞「なでしこジャパン」

2013 通巻100号!

  • 駒苫が早実と延長再試合、準優勝。
  • 日ハムが44年ぶり2度目の日本一。
  • 流行語大賞「イナバウアー」 「品格」

2017 通巻150号!

  • 駒苫が早実と延長再試合、準優勝。
  • 日ハムが44年ぶり2度目の日本一。
  • 流行語大賞「イナバウアー」 「品格」

2021 通巻200号!

  • 北海道コンサドーレ札幌がJ1リーグに昇格し、小野伸二らの活躍でJ1残留
  • 流行語大賞「インスタ映え」 「忖度」

2025 通巻250号!

  • 記録的な猛暑と初の線状降水帯
  • 流行語大賞「働いて働いて働いて働いて働いてまいります/女性首相」

2026 Renewal!

  • プレミアムプレスが創刊20周年を迎えリニューアル!
  • 流行語大賞「???」
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください
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ここからは特集に関連して会員の皆さんからよせられたコメントをご紹介します。

投稿テーマ『20年間で一番の思い出』

AFCプレミアムプレスが創刊したのは、今から20年前の2006年。
「10年ひと昔」と言いますが、20年もあれば、赤ちゃんは成人し、ピカピカの小学1年生は社会人に。この20年で、ガラ携はスマホに変り、AIが人生相談にのってくれる時代へと変化しました。
読者のみなさんには、どんな20年が流れたのでしょうか。みなさんの20年で一番の思い出を教えてください。

父や同級生など、亡くなる人が出てきてあ~もう亡くなっていく人たちが出てくる年代だなぁと感じています。20年を振り返って、あれ?私何してたんだろ?毎日仕事行って···他の記憶がこれといってない。(^_^;)(ゆうこさん)

先日の推しのファンミーティングに参加して目の前を推しが通り過ぎたことです。
あとは4人の我が子に出会えたこと。(こうさん)

推しのある人羨ましいです!すべての活力の源になりますよね(H)

今の妻と出会い、高校生の娘と息子に出会えたことが何より一番の思い出です。(しゅんすけさん)

マイホームを建てたことです。(みきさん)

20年前の2006年の秋といえば兄が闘病していた頃、と思った途端に涙が溢れてきました。その後は東京に1人で住む父を10年以上遠距離介護しました。今は実家の片付けが終わり少しだけほっとしていますが、そろそろ歳の離れた夫の介護が始まりそうで、私にとっての一番の思い出は「介護」でした。(ようこさん)

結婚(たたしさん)

東日本大震災
あのときは今後どうなるのか不安でした(あいさん)

20年前の思い出は好きなバンドのライブに通っていたこと!(みかりんさん)

20年ですか?。3年前に、新卒から40年以上勤めた会社を退職し、第2の人生が始まりました。以前とは違う仕事をしています。元気で続けられればと思います。(タッチさん)

私は今のパートナーと同棲をスタートさせたばかりなのですが、それまで家族と一緒に住んでて、一回一人暮らししたけどうまくいかなくて帰ってきたけど、今回家を出たら今度こそもう家族で一緒に住むことはないことを考えるとたまに寝る前に涙が出ます。(ちかさん)

北海道にいながら阪神タイガースのみ応援していたのですが、レバンガ北海道、北海道コンサドーレ札幌、北海道イエロースターズ、アルテミス北海道と道内の様々なスポーツチームを応援するようになりました。(北の虎さん)

夏フェスに参戦し続けた20年。これからも続けます!(りゅうじさん)

仕事と趣味とどちらも一生懸命やっていました。会社帰りに週2回 合唱団の練習。その練習のために、各自音取り、歌唱練習。定期演奏会に向けて、土日も練習。でも楽しかったです。コロナ禍で、私は合唱団を離れました。私の長ーい青春だったなあと思います。(ひとみさん)

2006 2016  日本ハムファイターズの日本一(のぶつなさん)

2018年 北海道地震(ひろしさん)

コロナで子供の卒業式や入学式に出られなかったこと。残念な思い出の一つとなりました。(つよひこさん)

この20年で一番の思い出は、家族と過ごした何気ない日々です。旅行や季節の行事、何気ない会話など、一つひとつは小さな出来事でも、振り返るとどれも大切な思い出になっています。これからも家族との時間を大切にしながら、たくさんの思い出を増やしていきたいです。
(ちょんさん)

退職(よっとんさん)

両親が亡くなり、私も定年退職しました。それから20年近く時が過ぎましたが、若いころからの趣味と退職してから始めたこと、それぞれ継続できているのが何よりの喜びです。なんということもなく、穏やかに過ぎていく時が一番の思い出です。

(きょんこさん)

学生時代は、科学部や美術部とインドア派でしたが、30代から登山をはじめ、36歳で、三頭山をエベレストに見立て、一晩でアタックして帰ってくる行程を模している奥多摩全山縦走72キロ24時間の山岳耐久レース、通称ハセツネCUPに参加しました。
初回と2回目は第二関門手前でリタイアとなったため、3回目は完走したいと一念発起して、公式の安全走行講習会に参加して、3回目にして、17時間で完走できました。(ななさん)

北海道を代表するテレビ番組「水曜どうでしょう」のイベント、「水曜どうでしょう祭」に2013年、今年2026年に参加できたこと。(まさきさん)

ドームにいらっしゃったのですね!朝日新聞ブースにもお立ち寄りいただけましたでしょうか?(H)

うちの親が70過ぎで家を建てたことですね。当時は5人家族で一人一部屋って感じでしたけど、今は母と二人広すぎて持て余してます。思い出とは違うかもしれませんが一番の出来事です。(ヒロリンさん)

結婚5年目に子供が産まれたこと。
不妊治療を始める前に妊娠が分かり、すごく嬉しかったのを思い出しました。(みわさん)

 共に九州旅行へ行くことにした時の事。羽田空港で乗り継ぐ時になって、自宅の火の始末の不備に気付き、そこから一人戻ったこと。帰ってきて、旅行はすごく楽しかった、と聞いてひどく残念な思いをした。

(arinkoさん)

体力つくりに励んだ事
ウオーキング ヨガ ガーデニング等なんでもたのしくできました。
(とっこさん)

7年前、49歳でバイクの中免を取りました。普通免許は持っていたので技能学習だけだったのですが、若い子のように体が動かず、青タン・筋肉痛、かつ7月に入ってから通ったので毎回汗ダラダラでした。検定日の朝出かける時は土砂降りで、どうなる事かと思いましたが、当日受けた20名弱が全員合格ですごく嬉しかったなぁ。
暑くて寒くて、振動すごいし、トラックとか怖くて全く快適じゃないけど、やっぱり風が気持ちいいです。(まさえさん)

20年で一番の思い出は、夫が亡くなって一人の時間に戻り、身軽になったことです。(さちこさん)

仕事のリタイアが一番の変化時期でした(ひろしさん)

充実してない日々かな。でも毎日毎日は充実している。長ーくみると充実してないかも(むら5さん)

20年前、私は12歳。小学校5年生で転校し、一年が経過してバレーボール部に誘われた頃でした。田舎の小さな小学校。部員も10名程度でした。転校したばかりの私をすぐに受け入れてくれてとても楽しい時間を過ごしました。部活前に遊びみんなで遅刻して怒られて、帰り道を一緒に帰り、みかんを取って食べたあの時間がとてもいい思い出です。そして大人になっても会う友人はその頃の友達です。(みさとさん)

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