
小高い丘のこんもりとした森の中から、鉄塔が2本、その先端をわずかにのぞかせている。共和町にある国富中継局。周辺の約300世帯に地上波デジタル放送の電波を送り出している。鉄塔の1本は民放各局共同、もう1本はNHKのもので、それぞれの下に各種機械を収めた局舎が立つ。
その通常点検のために6月中旬、岡田壮弘・副部長ら技術部の2人が乗った大型四輪駆動車は、舗装道路から局舎へとつながる脇道へ入った。車高を超える草木を縫い、車体に枝を擦りながら斜面を登る。車1台がやっと通れる未舗装の道があるはずだが、茂った草で運転席からは見えにくい。タイヤを轍に合わせ、かつて通った記憶を頼りに慎重にハンドルをさばくが、右前輪が窪みにはまった。
「携帯電話の電波がある所でよかった」。携帯電話が通じない中継局は少なくなく、状況を知らせることができず、ヒグマとの遭遇を避けるため車内にとどまらざるを得ないことがあるからだ。今回は周りを確認し、クマ撃退スプレーを携え、運転手を残して外へ出て、誘導しながら自力で脱出することができた。
局舎にたどり着いても、すぐに機械を点検できるわけではなかった。施錠を解き、扉を開けると、テントウムシやカマドウマなどの昆虫の死骸が数多く落ちていた。機械は高温に弱いため、室温がある高さを超えると作動する換気扇が備えられていて、その隙間などから入り込んだらしい。まずやらなければならなかったのは、掃き掃除だった。
テレビの電波は、地形による遮断や、距離による減衰を受けるため、親局・基幹局だけでは放送対象地域全体に電波を送り届けられない。それを補うために設置しているのが中継局だ。HTBの場合は、札幌市中心街にある本社で制作した映像と音声を、光ファイバーやマイクロ波で札幌・手稲山頂上付近にある親局と、函館・室蘭・旭川・帯広・釧路・網走の6カ所の基幹局に送る。この親局・基幹局から直接、または約150の中継局を経由して北海道全体へ電波を届けている。例えば、礼文島北部へは、本社→旭川→和寒→名寄→知駒(中頓別町)→船泊(礼文町)を経由する。


国富中継局の前にこの日は、出力がより大きい岩内中継局を訪れた。送信・受信の状況や受電盤・配電盤、温度・湿度のデータを確認し、点検報告書に記入。一つ下の階に備え付けてある非常用発電機と燃料槽も見て回った。こういった通常点検を、主に春から秋にかけて各地の中継局で実施している。昨今のヒグマ出没の増加を受けて、クマ除けの鈴やスプレーのほか、今年からクマ除けホーンも携行するようにした。
「停波(ていは)」。テレビ局員に緊張が走る言葉だ。日本民間放送連盟の資料によると、「自然災害、もしくは機械の故障などによりテレビ電波の送出が停止すること」。通常点検を怠っていなくても起きてしまうことがある。
どんなに素晴らしい番組を作っても、視聴者に届けられなければ意味がない。テレビ局と視聴者をつなぐ電波を途切れさせず、24時間365日守り続ける、その中心が岡田さんら技術部員なのだ。停波を未然に防ぎ、発生してしまった場合は速やかに復旧させることが使命だが、自然環境が過酷で、広大な北海道ならではの苦労は多い。
冬はヒグマの危険性は低くなるものの、雪に阻まれる。積雪のために車で入れない地域も少なくない。日ごろから連携しているメンテナンス会社とともに、雪上車やスノーモービルで駆け付けることもある。
トラブルは悪天候の時に起こりがちで、その日は大雪だったと、岡田さんは10年ほど前の出来事を振り返る。場所はニセコ中継局。ニセコ町の大規模スキー場のコース外に建てられていて、約1万3800世帯をカバーしている。装備は、防寒着にかんじきを履き、点検整備に使う測定器などの機材を括りつけた背負子。スキーヤー用のゴンドラで上がって、そこから歩いて中継局へ。無事に整備は終えたものの、風雪が強まっていたためゴンドラは停止。徒歩で下山せざるを得ない。だが、吹雪は強まり、遭難の危険もあったため、スキーパトロールの詰め所に避難させてもらった。「こんな吹雪の時に来るからだ」。そう言いたげなパトロール隊員の表情が忘れられない、と岡田さん。だが、電波を止めるわけにはいかないのだ。
岡田さんは「荒天や災害の時ほど、番組を地域の方々に送り届けることが求められる。使命感をもって一つ一つの作業にあたりたい」と気を引き締める。

