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あさのまちから vol.9
あさのまちから
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父との思い出の詰まった北大前

ASA北大前幌北 所長 大栗彰彦

〒0010025 札幌市北区北25条西4丁目1-28

公開:2024年12月16日
事務所の壁には、お孫さんの写真が飾られている。

「今日一日、やり残した事が無いか、思い出せ」。

 ASA北大前幌北を訪ねると柱に貼ってあった文章に目がいく。所長である大栗彰彦さんの言葉だ。日本新聞販売協会の北海道地区本部理事も兼任する大栗さんのストイックな性格が文章からにじみ出ている。

 祖父の代から新聞販売業を行ってきた大栗家。北海道における新聞の歴史や変遷を3世代にわたってみてきた。

 「全国紙は昔、東京で刷られたのが3日遅れで北海道まで届いていた。じいちゃんは空知の方でやっていたから、ひと山越えて駅まで新聞を取りに行き、そこから配達をしていた。父も手伝わされて、それが辛かったとよく口にしていた」。その後、1959年から北海道でも新聞が印刷されるようになる。父は長く北大前で所長を務め、北海道朝日会の会長でもあった。20年程前、息子である大栗さんに店を譲った。「一生を新聞に捧げたと言ってもいいくらい仕事に熱心な父でした」。

 生まれたときから北大前の販売所で育ってきた。家には10人の新聞奨学生が住み込む部屋があった。新聞奨学生とは、新聞社の奨学金を利用して大学に通う代わりに朝夕の新聞配達を担う学生のことだ。「北大のあらゆる学部に通うお兄ちゃんたちに囲まれていたから、勉強を教えてもらうことに苦労はしなかった。ただ、母親は毎日10人分の飯炊きもあり、大変だったと思うね」。実は北大前の新聞奨学生から政治家や裁判官になった人もいるそうだ。

 人々にとって「新聞とは何か」。インターネットやスマホが普及し、新聞を読むことの意義を大栗さんは問い続けている。長い販売業の中でさまざまな取り組みや調査も行ってきた。その中の一つに、北大生20人を集め、全国紙・地方紙をすべて並べて、忖度なしに「就活に有利な新聞はどれか」というアンケートをとった。

 「てっきり経済新聞かと思っていたら、朝日新聞と答えた学生がほとんどだった。純粋にうれしかった」と話してくれた。北大前では、北大に受かった子の親から「うちの子に配達してください」という声も多いそうだ。

 現在大栗さんは、5人の孫を持つおじいちゃん。「今年に入って、また2人生まれたんだよ」と顔が緩む。今日も一日、やり残した事がないかと自身に問いかけながら店に立つ。
(写真/文:御手洗志帆)

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