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「あ、ここやってる。予約できるか電話してみる」
コロナ禍中の2020年11月初旬。「どうみん割」を利用して、知床に1泊2日の家族旅行をした。ウトロに向かう車中、「せっかくだから観光船に乗ろう」ということになり、妻がスマホで調べはじめた。が、冬の気配を感じ始める時期に入り、ほとんどの会社が運航していなかった。
諦めかけた時、唯一運航している会社を見つけた。その1年半後に「KAZUⅠ(カズワン)」沈没事故を起こす「知床遊覧船」だった。このときは、妻の予約が取れたとの声に、「ラッキー」と思っただけだった。
船酔いするたちなので、知床岬まで行く約3時間のコースではなく、途中の滝で引きかえす1時間ほどのコースを選択。「KAZUⅢ(カズスリー)」という船に乗った。
海から見る険しい断崖絶壁や、すでに雪を冠した知床連山、流れ落ちる滝…。大自然の迫力を感じながら船は進む。時折、断崖に近づくと座礁しないか心配になった。曇天模様の中、波に船が大きく揺れることも。それでも、「きっと、何度もこのコースを通ったベテラン船長が操船しているに違いないから、大丈夫」「ちゃんといろいろな決まりを守り、事業許可を得ているんだろうから、大丈夫」との思いが、支えになった。

「KAZUⅠ」沈没事故後、改めてこのとき撮った写真を見返してみた。港に戻り、船をバックに笑顔の妻と娘の横には、「KAZUⅠ」も写っていた。事故があったのは、季節は違えど、同業他社は運航しておらず、知床遊覧船のみが運航しているオフシーズンの時期。あのときの私自身と同じように、被害にあわれた乗客の方々は、まさか命に関わる事態になるとは全く考えず、船に乗り込んだことだろう。当時の心境を思い出し、やるせなさに胸が締め付けられる思いだった。
しかも、事故後、知床遊覧船の安全管理体制の不備が次々に明らかになる。事故当時の「KAZUⅠ」船長は船長経験1年ほどで、「ベテラン」とはとても呼べない知識と経験だった。安全管理面での重要ポストである「運航管理者」と「安全統括管理者」だった桂田精一社長は、事故発生時は外出しており、会社事務所にいないなど、あまりにおそまつな実態だった。私が乗った時と船長などは違えども、あのとき、私が「支え」にしていたことが、蜃気楼みたいなものだったと思い知った。
現在、業務上過失致死罪に問われた桂田社長の刑事裁判が釧路地裁で続いている。弁護側は「事故は予見できなかった」などとして無罪を主張している。しかし、「命を預ける」乗り物に乗る時、乗客が心の支えにするものが「きちんとした安全管理体制」のはずだ。その不備についての責任抜きに、無罪というのはあろうはずがない。そう信じている。