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北の記者席から vol.39
北の記者席から

VOL.39伝えなきゃ

今月の執筆者|朝日新聞北海道報道センター 記者 鈴木優香
公開:2025年6月16日

 先日「窓」という全国版の連載に「サクラ」と名付けられた牛の話を書きました。

 実は彼女と出会ったのは、私がまだこの会社に入る前のこと。就活を終えた、学生最後の年の春でした。

 初めて出会ったサクラは、まだ生後1カ月。額に桜の花びらのような模様があるホルスタインの女の子で、手を差し出すと、ミルクと勘違いして一生懸命吸い付いてきて、初めて牛という動物をかわいいと思いました。

 牛や酪農の世界のことをもっと知りたいと思い、卒論も出し終えた翌年2月、サクラがいる遠軽町の牧場に泊めてもらいながら実習させてもらいました。

 乳牛の世界は、当たり前ですが、メスしかいません。オスが生まれたら基本お肉にされるからです。牧場主の男性の近くにいる見知らぬ若い女への視線は冷ややかでした。

 マイナス15℃くらいの寒さの中、朝4時台から作業は始まります。搾乳牛は全部で24頭。1頭1頭名前を呼んで、声をかけながら、ごはんを配り、排泄物を掃除し、ブラッシングして少しずつ関係性を築きます。

 みなそれぞれ好きな場所で過ごしているところ、搾乳させてもらわなきゃいけないので、「おーい!」とおなかの底から声を出して牛舎に入ってきてもらいます。

 牧場主に比べれば、ツーテンポほど反応は遅いのですが、「新入りも頑張ってるから行ってやるか」とでも言うように、最年長の牛からのっそり立ち上がってこちらに向かってきてくれた時にはうれしくなりました。リーダーの彼女さえ動いてくれれば、他の牛たちも続きます。

 ごはんは草やビートパルプ、コーンなどバランス良く食べてもらいたいのですが、食の好みは牛それぞれ。草だけきれいに残す偏食家がいたり、ふりかけのようなものをかけないと食べないグルメがいたり、自分の分も食べ終えていないのに、隣の子の分まで首と舌を懸命に伸ばして食べようとする食いしん坊がいたり。だんだん1頭1頭のキャラクターが見えてきて、愛おしくなります。

 ただ彼女たちはあくまで経済動物。足が悪くなったり、触ろうとしたら跳びはねて逃げたりする警戒心の強い子は手放されます。

 一度ベジタリアンになったことはありましたが、牛乳は「命を奪っているわけではない」とあまり気にしていませんでした。でもその生産現場にはたくさんの命の選別がありました。

 いつか記者としてこの地に帰って来られたらこのことを伝えたい。伝えなきゃ。

 その思いを形にできた記事です。

 次に牛乳を飲む時、そして来年以降桜が咲いた時に、この記事に出てくるサクラのような命のことを思い出してもらえたらうれしいです。

朝日新聞北海道報道センター記者
鈴木優香

実習をしていたころの「サクラ」(右)とほぼ同時期に生まれていた 「チャイブ」。名前を呼んだら近寄ってきてくれた
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