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北の記者席から vol.14
北の記者席から

VOL.14奥尻島の縁結び

今月の執筆者|朝日新聞北海道支社 記者 岡田昇
公開:2023年5月16日
奥尻島の縁結び

 子どもの数をどうやって増やすか、政府が頭を悩ませている。家族観の変化や経済的な事情など少子化には様々な背景があり、魔法のような特効薬はなさそうだが、男女の出会いに限って言えば、先日訪れた奥尻島で面白い話を聞いた。

 1993年、北海道南西沖地震に見舞われた直後のこと。復興に向かってヒト、モノ、カネが注ぎ込まれる状況に目をつけた函館のスナック経営者が、奥尻島に支店を出した。珍しさも手伝って店は大人気に。深夜1時になっても順番待ちの列ができていたという。

 店で働いていたのは島外から来た若い女性たち。中には島の男性客と親密になり、交際に至る女性も出てきた。店を辞めると、また新しい女性が島外からやってくる。こうして結ばれたカップルは両手で数え切れない。「40人いた」というから、行列ができるのも無理はないと思った。

 地震を巡っては、こんな話もある。

 地震が起きたのは7月12日。その年は春先からネズミが大量発生したという。震動の予兆を感じ取っていたのだろうか。島のあちこちで走り回るネズミの姿が目についた。

 近づく異変は大地の奥底からも告げられていた。島内にある温泉ではお湯の温度が異常に上がり、水でうめても熱かったという。

 地震による島の死者・行方不明者は198人に上る。推定震度6の激しい揺れに加え、その後の津波や火災が多くの人命を奪った。北海道での勤務が決まった後、奥尻島はぜひ足を運んでみたいと思った場所のひとつだった。

 地震から今年で30年。初めて訪れた奥尻島はコロナ禍や春先ということもあって観光客は少なく、とても静かだった。島をにぎわした復興特需は過去のこととなり、多くの男女の縁を結んだスナックもだいぶ前に閉店したという。

執筆者 朝日新聞 北海道支社 記者 岡田 昇

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