

その日は、総局で大きな会議があった。夕方、会議室に続く階段の窓から赤色灯が見えた。
「1年生、行ってこい」
急いで玄関を出ると、救急車の横で高齢の女性が倒れていた。サクラばあちゃんだ。駆け寄ると、救急隊員に「乗って」と言われた。人生で初めて救急車に乗った。
「血液型は?」 「たぶん、A型だと思います」
「たぶん?」 「まじめな方なので」
「そういうことじゃなくて……」
そんなやりとりをしていたら、あっという間に病院に着いた。
ストレッチャーに乗せられたばあちゃんは、アワアワ言っていた。「死ぬぅ」と言い残し、手術室に消えた姿を見送りながら、胸の鼓動が大きくなっていくのを感じた。
暗い廊下で治療が終わるのを待った。時間が、とても長く感じた。やがて「手術中」の表示が消え、テレビドラマのように医師が出てきた。
「終わりました」。ストレッチャーに乗ってばあちゃんも出てきた。「ひどい目にあったよ」。力なく笑った顔を見たら、安心して涙が出た。
当時、総局で飼っていた犬・サクラの面倒を見てくれていたばあちゃんは、その日、信号機のない横断歩道をサクラに引かれて横断中、右折してきた軽乗用車にはねられた。
80歳を超え、自称「体が弱い」ばあちゃんは、死を覚悟したというが、幸い、額を数針縫い、おしりに大きなアザができた以外に、目立ったケガはなかった。
「新聞に出るのかい」。病室で、ばあちゃんが申し訳なさそうに言った。私たちの仕事を増やすのではないかと気にしていた。
「軽傷だったから出ないよ。心配しないで」。そう言って、私はハッとした。軽傷だから……。

記者になって数カ月、毎日怒られながらも、少しずつ仕事に慣れてきた頃だった。交通事故は、死者が出たり、多重事故など特殊な事情がなければ、記事にするのを見送ることに慣れてしまっていた。
年明け、2025年の道内交通事故死者数の速報値が公表された。129人。前年より25人増えた。そんな数行の記事を書いた。
北海道は、かつて交通事故死者数全国1位が指定席だった。地道な啓発活動もあり、その数は大きく減ったが、数値としてだけ扱ってはいけないと思う。
あの日、私たちが乗った救急車をサクラが追いかけてきた。生涯独身だったばあちゃんにも心配する存在がいた。亡くなられた129人はもちろん、軽傷とされた事故の裏にも、怖い思いをし、心配した人たちがいる。そのことを忘れずに取材する。
年の始め、改めて確認した。