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「お元気ですか?北海道はまだ寒い?」
異動して間もない4月、前任地の福岡で親しくなった友人から手紙が届いた。
札幌の気温は10度前後をさまよっていた。手紙を読む私は、段ボールから引っ張り出してきた厚手のコートに、買ったばかりの滑り止めのついた革靴を履いて帰宅し、備え付けのストーブをつけたところだった。
金魚の挿絵があしらわれた封筒を開くと、近況をつづった淡い水色の便箋に、散ってしまったという桜の写真が2枚添えられていた。福岡では、もう長袖を着ると暑いのだという。
引っ越しを控えた3月、近所の桜がもう咲き始めていたのを思い出した。この手紙も、自分も、桜前線を飛び越えてきたのだ。
「ずっと住んどるけん福岡のことが好き。でもここ以外の場所のことも知りたいって思っとる」
所々に使われた博多弁が懐かしくて、文面を音読するように口ずさんでしまう。
早速返事を書こうとペンを手に取ったが、まだ越してきたばかり。札幌のことは人並み以上に知らない。煮詰まった私は、外の空気を吸おうと二重窓を開き、自宅マンションのベランダに出た。
肌寒さに耐えながら眼下の街を見渡す。路肩には寄せられた雪がまだ溶け残っていた。よく見ると幼い子どもをソリに乗せた家族が歩いていたり、酔っ払いがひっくり返っていたりする。

そんな様子を眺めながら、記者になって1年目の秋の出来事が頭をよぎった。
「もっと外をよく見なさい」。取材先に向かう車内で手元の資料ばかりを見ていた私に、運転していた先輩記者が車をとめて言った。
きょとんとしていると、先輩は諭すように続けた。「どんな鳥が鳴いているか、どんな花が咲いているか、ここに来られない人の代わりに、君が見て、聞いて、嗅いで、触って、伝えるんだよ」
当時は、分かったような、分かっていないような顔をして、窓の外の景色をじっと見ていた。
離れた福岡の街に向けて手紙を書いていると、先輩の伝えようとしたことが、すとん、と腑に落ちた気がした。
いま、赴任して4カ月が経つ。春を告げるライラックの彩りや、初夏に舞うポプラの綿、見慣れない風景に、日々驚かされている。
疑問に思ってあれこれ聞いたり、写真を撮ったりしていると、住み慣れた人には大げさな反応だと笑われてしまうこともある。
それでも、この街にいない誰かの代わりに、そんな地元の「当たり前」をとことん面白がりたい。そうして書いた原稿で、小さな発見の一つ一つを、遠い街に運べたらと願っている。
