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9月18日。遅めの夏休みの、最終日だった。前日にカフェで食べたパンケーキが忘れられず、家で朝からホットケーキミックスを混ぜていた。
熱したフライパンを濡れ布巾に置き、再び弱火にかける。流し入れた生地がふつふつと泡立ち、裏返せば狐色だ。
小麦の焼ける匂いが、台所に広がる。そのとき、会社のスマホがけたたましく鳴った。
「知床の事故、他社が『社長、逮捕へ』と報じているぞ」
血の気が引いた。
知床観光船沈没事故が起きたのは、2022年4月。発生から2年以上が過ぎていた。
事故直後、運航会社には家宅捜索が入っていた。社長がいつ立件されるのか。事件取材グループのキャップとして取材を続けていたが、この日だとはつかめていなかった。
急いでコンロの火を切り、電話で取材を始める。速報は別の記者が出した。私も準備していた原稿を書き直すため、パソコンを立ち上げた。
小樽市の第一管区海上保安本部で記者会見の予定が入る。デスクに伝え、タクシーを呼ぶ。
車内で何をしたか、あまり記憶がない。記事の確認、記者の配置の連絡だったか。
会見10分前に着く。いつも使わない大きな会議室に通された。テレビカメラがずらりと並ぶ中、先着した後輩が確保していた席に滑り込む。
会見後も捜査関係者への取材に追われた。ラップを巻いてリュックに突っ込んでいたパンケーキは、ペンケースとパソコンに挟まれ、よじれていた。路上でかじりついた。
結局、小樽に泊まった。記事は1面になったが、着替えはコンビニだ。ほうほうの体で翌日夜、家へ帰った。
乗員・乗客26人は、海から生きて帰れなかった。取材しながら、彼らと、残された家族のことを、繰り返し思った。
社長は10月9日に起訴された。今後、釧路地裁で刑事裁判が始まる。
パンケーキはうまく焼けていた。できることを真摯に続けよう。そう、かみしめた。

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【そもそも解説】知床観光船事故2年半 なぜ今、運航会社長逮捕?
朝日新聞北海道報道センター 新谷千布美