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北の記者席から vol.26
北の記者席から

VOL.26知床事故から2年

今月の執筆者|朝日新聞北海道報道センター デスク 江戸川夏樹
公開:2024年5月20日
この埠頭から観光船は出航していった

 女満別空港から東へ向かう。4月22日は、どんよりした天気だった。それでも、網走の原生花園を通り過ぎると、雪の冠をかぶった山々が遠くに見える。道路には育ちすぎたふきのとうが群生し、春の声を告げる。左にはオホーツク海、右側にはオシンコシンの滝。知床の自然に入り込んでいく、その2時間の車窓をどんな思いで見つめていたのだろう。

 知床で観光船が沈没した事故から2年。知床の玄関口となる女満別空港に行方不明者の家族が降り立った。取材した記者によると、観光船に乗っていた息子の父親は、この日、知床の海に手をつけ、再び心を痛めたという。2年前と同じ氷水のような海だったと。「沈みゆく船にはみんな残らんからですね。飛び込むからですね。冷たくても(船から)離れたでしょう」

 2年前、観光船が沈没し、26人が行方不明。その一報を東京で聞いた。数十人の記者が知床へ向かい、北海道報道センターの記者を中心に取材班ができた。観光船の関係者やご家族の取材を進めていた。当時、私は東京本社社会部の記者。なぜ観光船が沈んだのか。その原因追求の記事を担当していた。

 その後、運輸安全委員会が事故調査報告書を出し、原因は判明した。それでも、ご家族の心はなにも変わらないだろう。

知床の大自然を求めて多くの観光客がやってくる。 事故後、事業者や自治体は安全対策を強化しているという

 今も6人の行方がわかっていない。

 捜索ボランティアの男性は言う。「みなさん、悲しみが増したような気もしたな。家族は時間が止まったままなんだな。時間の流れって残酷ですね」。

 4月に札幌に赴任し、初めて知床事故の現地を訪れた。これまで、私の2年間はめまぐるしかった。知床だけでなく、政治とカネ、能登半島地震、いろいろなテーマで取材してきた。でも、前に進みたくても、できなかった人がいる。残酷な時間の流れを過ごしてきた人がいる。突然家族を失うことの本質に向き合う一日だった。

執筆者
朝日新聞 北海道報道センターデスク 江戸川夏樹

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