このWebサイトの全ての機能を利用するためにはJavaScriptを有効にする必要があります。
>HOME  >よみもの一覧  >北の記者席から  >「ウルトラ走る心臓病記者」(2024/6/17)
北の記者席から vol.27
北の記者席から

VOL.27ウルトラ走る心臓病記者

今月の執筆者|朝日新聞網走支局長  神村正史
公開:2024年6月17日

「人は3度生まれる」と言われる。私はこの言葉をこのように解釈している。1度目は母体から生まれる時、2度目は自我を意識した時、3度目は自分の「死」を意識した時だ。

 その時期は、1度目は誰もが同じだが、2度目以降は人によって異なる。私の場合、2度目は高校生のころだった。このころの私は、無意識のうちに明日は必ず来ると信じていた。

 2013年9月、それが一変する。経験したことのない胸痛に襲われ、倒れた。「死ぬ」と思った。これが「3度目の生まれる」だ。

 詳しい検査の結果、心臓に酸素や栄養を送る最も重要な血管の一部が75%狭窄していることが分かった。運良く助かったが、この時を境に「明日はもうこの世にいないかもしれない」と強く思うようになった。

 そんな記者はどう生きるべきなのだろう。私の答えは、連載「心臓病と走る」をつづることだった。私の体験を多くの方に知ってもらい、少しでも健康づくりの参考になればと。最初は5年前に紙面で42回。昨年6月からは朝日新聞デジタルを中心に書いていて、こちらも40回を超えた。

 心臓病患者の私が、治療の一環で始めたジョギングの効果で、体調がどんどん良くなり、走る距離もどんどん延びていく。やがて200キロ超のマラソン大会に挑む。そんな話だ。

ランニング学会札幌大会で質問に答える筆者(右)=2024年3月23日、札幌市中央区

 今年3月、私の体験をランニング学会の大会で講演した。シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんを大学時代に育てた山内武さんら著名なランニング指導者や、競技に関わる医師らが聴講してくれた。

 記録や順位にこだわる競技とは別世界の、健康や幸福を求める治療としての素人ランニングの話だったのに、聴講者を交えた懇親会の席では質問攻めにあうことになった。

 一瞬一瞬を全力で生きなければ、命の灯(ともしび)が消える時、絶対に後悔する。

そう思いながら走り、そして

原稿を書いている。

執筆
朝日新聞網走支局長  神村 正史

「心臓病と走る」連載の記事一覧はコチラ https://www.asahi.com/rensai/list.html?id=759
※このページの内容、執筆者の肩書きなどは執筆当時のものです
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください
先頭へ戻る