朝日IDをお持ちの方はこちらから
AFCのログインIDをお持ちの方(2024年7月31日までにAFCに入会された方)はこちらから
新規入会はこちらから

「はい、豚のやきとり」
妻は豚肉の串焼きを食卓に出し、そう言った。
4月、北海道に異動になった。妻は道産子、私は生まれも育ちも関東地方。食卓での会話は時折、かみ合わないことがある。
“やきとり”なのに豚。鳥肉のときは「鳥のやきとり」と言うらしい。ふざけているのかと思ったら、北海道には豚肉の串焼きを“やきとり”と呼ぶ文化があるという。
言われてみればどうしてだろう、と首をかしげる妻の姿を見て、豚肉の「室蘭やきとり」や「やきとり弁当」(函館)を取材した。
これらの地域では、鶏より豚が手に入りやすかったため、“やきとり”が豚肉を指すのだそうだ。
こちらが気づかされることもあった。私にとって桜餅とは、あんこをピンク色の小麦粉の皮で包んだ関東風。しかし、北海道のスタンダードは、もち米を使うつぶつぶの関西風だ。
「これ餅じゃないじゃん、クレープじゃん」
たしかに、とひざを打った。関東風の桜餅には、もち米が使われていないことに、30年以上、考えが及んでいなかった。


早速、専門家に話を聞いた。桜餅は、江戸~明治期に関西と北海道をつないだ北前船により、もたらされた。その結果、道内で桜餅と言えば、多くの場合は関西風を指す。
こうして、私の記事は、家庭内に会話を生み出し、夫婦のすれ違いを解消してくれている。
常識は生まれ育った文化により変わる。異なる文化と交流しなければ、疑いすら持つ機会がない。
同時に、異なる文化は、私にとっての「豚のやきとり」、妻にとっての「クレープみたいな桜餅」のように、強い違和感をもたらす場合がある。
しかし、理由を知れば、納得できること、受け入れられることもあるだろう。豚串も鳥串も、関東風も関西風も、どちらもおいしいよね、と。
どこかに文化の違いを巡る争いがあるなら、それがなぜ起きているのか、経緯を取材し、記事にすることで、分断を乗り越えることができるかもしれない。
思わぬ形で、新聞記者という仕事の意義を感じることになった。
東京で生まれた小さい子ども2人は、これからしばらく、北海道で育っていく。
開拓地としてさまざまな文化が入り交じるこの土地で、人と人との違いに柔軟に、寛大に育ってほしい。私はそのきっかけを、記事として残しておきたい。