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北の記者席から vol.53
北の記者席から

VOL.53記者として預かる『席』の重み

今月の執筆者|朝日新聞北海道報道センター 記者 太田悠斗
公開:2026年7月21日
記者の自宅に残る「記者席用傍聴券」の一部

 色とりどりの紙が、自宅に13枚残っている。

 名刺ほどの大きさで、「記者席用傍聴券」と印字されている。釧路地裁で6月17日に判決があった、遊覧船沈没事件をめぐる刑事裁判のものだ。

 司法取材を担当する私は、昨年11月の初公判から全13回の期日を傍聴した。手帳をめくって数えると、計34日、釧路市に滞在していたらしい。半年のうち、ひと月を過ごしたことになる。

 本来、傍聴できるかは抽選次第だ。判決期日には88人に整理券が交付され、うち傍聴できたのは14人だった。

 廷内に用意された44席のうち、30席は関係者の特別席や報道各社の記者席が占める。私が毎回傍聴することができたのは、その1席を保証する手元の紙片のおかげだった。

 当選の可否は地裁1階のロビーに貼り出される。あるひとは車を150キロ以上走らせ、あるひとは飛行機を乗り継いでやってくる。それでも落選し、公判開始を待たずに帰路につくひとがいた。ある日、声を掛けられた。「俺の分まで、ちゃんと見てきてくれよ」

 事件の発生から4年が経つ。

 浮かび上がった問題点は、被告となった運航会社だけに突きつけられたものではなかった。

 船を安全に運航させるための法整備は十分だったか。その運用は適切にされていたか。検査機関は船の不具合に気づけなかったのか。

 整理券に並ぶひとはそれぞれ、何かに突き動かされ、かけがえのない問いを抱えて裁判所を訪れたのだろう。傍聴できる保証がないなかで、遠方から釧路まで来ることを諦めたひともいるかもしれない。

 長い列を目にした後、記者席に座ると、そこが法廷に入りたい、それでも入れない、無数の人々から預かっている席なのだと自覚させられる。

 その席に携えるべき問いを考えるとき、支えになったのは公私問わず出会った人からぶつけられる、素朴な疑問の数々だった。事件について議論や雑談を交わすたび、ともに取材する仲間が増えていくようだった。

 預かっている「席」は、法廷だけにあるものではない。記者の名刺を手にして取材するあらゆる機会が、そこに来られない人から託されたものだ。その分の取材をするために、惜しみない準備をして臨む。

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北海道報道センター記者 太田悠斗
判決前夜、幣舞橋には濃い霧がかかっていた=釧路市
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