1992年(監督:佐藤純彌)
ロケ地:奥尻

歴史にまったく疎いので、史実を題材にした映画を避けてきた私が、この「おろしや国酔夢譚」を紹介したくなったのは、道内唯一の人形浄瑠璃公演一座・さっぽろ人形浄瑠璃芝居あしり座の公演「大黒屋光太夫ロシア漂流記」(2021年2月)を観たから。創立25周年を機に、北海道に根ざしたオリジナル作品を作ろうという彼らの挑戦は、人形浄瑠璃に馴染みのない私の胸をなぜか掻き立てた。あいにく制作中の定期公演に足を運ぶことはできなかったが、5年掛かりで完成させた全5段のお披露目を楽しみにしていたところ、新型コロナウイルスで中止に。1年越しで実現となった晴れ舞台を、ようやく私も観劇できたのだ。期待と興奮と緊張の入り混じる会場に身を置きながら、私は不思議だった。もう200年以上前の出来事に、こんなに心動かされるのはなぜか。光太夫の魅力とは何なのか――。
時は1782年。伊勢(現・三重県)を出港した「神昌丸」の船頭・大黒屋光太夫は、江戸へ向かう途中に嵐で遭難し、北の果て・カムチャッカ半島に漂着する。故郷に帰りたい一心から島を脱出し、広大なシベリア大陸を横断した光太夫は、さまざまな人の助けを受け、なんとロシアの帝都ペテルブルグ(現サンクト・ペテルブルグ)で女帝エカテリーナ2世に直訴することに成功。ついに願いが聞き届けられ、念願の帰国を果たしたのは、難破から10年後となる1792年のことだった。
鎖国状態の江戸時代、異国の地を踏んだ漂流者はほかにもいたらしいが、多くは寒さや栄養失調のため命を落とし、残りの者も帰国を諦めたという。同じように仲間を一人またひとりと失いながらも、光太夫は持ち前の知性と行動力を駆使し、ロシア船に乗って初めて帰還したことから〝日ロ交流の先駆者〟とも呼ばれる。
波乱に満ちた光太夫の人生を映像化すべく、本作に掛けられた製作費は45億円! ソ連(当時)でも長期撮影を実施し、ロケセットとして当時〝シベリアのパリ〟と呼ばれたイルクーツク市街地を再現。さらに、エカテリーナ2世の前で緒形拳演じる光太夫が望郷の思いを爆発させるクライマックスは、実際にエカテリーナ宮殿でのロケが許され、金色に輝く「玉座の間」が映し出された。なお、帰路についた光太夫らが最初に降り立ったのは蝦夷地・根室で、映画のクランクインも奥尻島で行われる(光太夫の船が漂着したカムチャッカ半島に見立てられた)など、北海道とも縁の深い作品でもある。
光太夫の恩人となる学者キリル・ラクスマン役をソ連の俳優オレグ・ヤンコフスキー、エカテリーナ2世役をフランスの名女優マリナ・ヴラデイが演じ、国際色豊かな超大作として注目を集める中、なんと撮影中にソ連が崩壊。ロシアへと変わる激動の中で映画を完成させたという制作秘話を知ると、時代の波に翻弄された光太夫の生き様と、どこか重なる。逆境の中で強いリーダーシップを発揮した光太夫の姿は、先行き不透明な時代ほど、頼もしく映るのかもしれない。
ところで、光太夫は浄瑠璃本をいつも持ち歩くほどの浄瑠璃好きだったそうだ。映画でもエカテリーナ2世の前で義太夫を披露するシーンがあったけれど、自分自身が200年後の北海道で人形浄瑠璃芝居になったと知ったら、どんなに驚くだろうか。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。映画の原作となった井上靖の同名小説や吉村昭による漂流記小説「大黒屋光太夫」など関連本も多い中、編集者の吉村卓也さんが教えて下さったお薦め資料が歴史漫画「風雲児たち」! ギャグ満載で繰り広げられる痛快な大河ドラマに目を開かされる思いで読んでいたら、作者のみなもと太郎氏が2021年8月に亡くなりました。合掌。
