2010年(監督:小林政広)
ロケ地:増毛、苫小牧、新ひだか、石狩

大学生の頃、祖父と同じ町に暮らしていた。強面で寡黙な祖父だったけれど、孫の私には優しくて、手料理をよくご馳走してくれた。認知症が進む祖母のお世話を時々手伝ったこともあり、祖父との距離は特別縮まったように思う。だからだろうか、映画に出てくる〝おじいちゃん〟に私は弱い。「春との旅」の主人公は、仲代達矢演じる元漁師の忠男。ただ、このおじいちゃんは短腹で頑固。孫にも手厳しい。
増毛の海沿いに建つバラック。すごい剣幕で小屋を飛び出した忠男を、孫娘の春(徳永えり)が慌てて追いかける場面から、映画は始まる。足の不自由な祖父を気遣う春に対し、不遜な態度の忠男。ハラハラしながら見守るうち、私たちは状況を理解していく。あのさびれた小屋で5年間、2人きりで生きてきたこと。失職した春は、都会に出たいと思っていること。それを聞いた忠男が、老いた自分の面倒を見てくれるよう、疎遠だった親族を訪ねる決心を固めたこと。そう、これは、忠男の〝終の棲家〟を探す旅。春にとっては、〝祖父を捨てる〟旅だったのだ。
2人は海を渡り、宮城県の各地で暮らす兄姉弟(大滝秀治、淡島千景、柄本明)のもとを巡る。再会を喜ぶかと思いきや、皆戸惑い、時に喧嘩腰なのが悲しい。冷たい対応の裏側に、実はそれぞれの事情があると分かると、なるほど、我の強い忠男と血を分けた家族らしい態度だったかも…と、苦笑いしてしまうのだが。
北海道に戻った2人が、旅の最後に向かうのは新ひだかの静内だ。親子馬が草を食む早春の牧場を背に、思いがけない人物から掛けられた優しい言葉に驚きを隠せない忠男。美しい夕焼けを全身に浴びながら、穏やかな表情で春と話す彼の姿に、胸のざわつきが静まっていく。
小林政広監督は北海道の荒涼とした景色を好み、「バッシング」(2006年)や「愛の予感」(2007年)などで道内ロケを敢行。北海道の地元紙によると、13本目となる「春との旅」は「僕の集大成。なじみあるところで作ろうと考えた」。家族を犠牲にしてもニシン漁に人生を賭けた忠男という男の人物像については「増毛でニシンのことをいろいろ聞いた」経験などをヒントにしたという。それまでのシリアスな作風とは少し違い、本作には淡い優しさやユーモアも漂うのは、身勝手ながらも憎み切れない〝おじいちゃん〟を体現した仲代の圧倒的な存在感も大きいだろう。
ラストシーンを見て、春のその後が気になったら小林監督が著した小説版『春との旅』(毎日新聞社)を読むといい。映画とは違う視点から物語が描かれ、2人の背景や抱えていたものが鮮明に見えてくる。
さて、旅の終わりは寂しいけれど、道中のアクシデントや諍いも、後から振り返ると案外懐かしいもの。目的が何であれ、忠男と北海道・東北を歩き回った数日間は、春にとってかけがえのない思い出になったに違いない。私も亡き祖父と2人で、どこかを旅してみたかった。
文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。私の愛する〝おじいちゃん映画〟は、山﨑努が伝説の画家・熊谷守一をひょうひょうと演じた「モリのいる場所」(2018年、沖田修一監督)、ロバート・デ・ニーロが70歳の新人インターンとして活躍する「マイ・インターン」(2015年、ナンシー・マイヤーズ監督)です。一方、大好きな〝おばあちゃん映画〟といえば、倍賞千恵子がイタズラ好きの日系老婦人を好演した「ホノカアボーイ」(2009年、真田敦監督)、もたいまさこが言葉の通じないカナダ人の孫たちに囲まれた《バーチャン》を絶妙な演技で魅せる「トイレット」(2010年、荻上直子監督)!
