2018年(監督:橋本光二郎)
ロケ地:旭川

ピアノに縁はないけれど、ピアニストに憧れている。プロでなくても、「ピアノが弾ける」「音符が読める」と聞けば尊敬の眼差し。とはいえ、裏方的存在であるピアノの調律師に注目したことはなかった。この「羊と鋼の森」に出会うまでは。
北海道の田舎町に住む高校生の外村(山﨑賢人)はある日、学校のピアノ調律の現場に立ち会う。音楽の素養はない彼だが、そこで耳にしたピアノの一音に驚く。なんと、“森の匂い”がしたのだ。その調律を担当したベテラン・板鳥(三浦友和)と同じ道を目指し、彼は調律の専門学校へ。そして運良く板鳥の会社で働くことになったのだが、念願だった調律の世界は、深くて険しい森を歩くようなものだった。
原作は2016年の本屋大賞に輝いた宮下奈都の同名小説。不思議なタイトルは、ハンマーのフェルト(=羊の毛)で弦(=鋼)を叩いて音を響かせ、木製のボディ(=森)で共鳴させるというピアノそのものを意味している。音が生まれる仕組みも興味深いけれど、驚いたのは、「調律」という仕事の奥深さだ。
単に音を合わせるだけと思っていると大間違い。鍵盤のタッチ感などを調節する「整調」、音階を作る「調律」、ハンマーの手入れで音色を整える「整音」などの作業があり、演奏するスペースの響き方なども考慮しながら最適な“音”を作るという、非常に繊細なものだった。さらにプロの調律師に求められるのは、弾き手が望む“音”をうまく引き出すこと。「もう少し明るい感じに」「やわらかい音に」といったリクエストにどう応えるか。外村は悩み、板鳥や先輩調律師の柳(鈴木亮平)、ピアノを愛する高校生姉妹(上白石萌音、上白石萌歌)ら客との関わりを通して、技術を磨いていく。
そうして調律された“音”の旋律を、北海道の美しい自然風景と重ね合わせて描写するのが、本作の大きな見どころだろう。原作者の宮下は、新得町のトムラウシで1年間暮らした経験から執筆したそう。雄大な緑が広がる大雪の大自然とピアノの世界観を結び付けた発想に拍手。田舎育ちをコンプレックスに思っていた主人公が、“音”に対する自分の感性は、森に囲まれた故郷こそが育ててくれたことを知るラストシーンは、北の地に住む者として幸せな気分になる。身の回りにもっと目を凝らし、耳を澄ませてみれば、世界中にあふれる音楽と共鳴するような輝きを、私も見つけられるのかもしれない。
さて、親近感が抱いた調律師の仕事ぶりに触れたくて、試しに子どもの通う保育園の先生に聞いてみたところ、ちゃんと年1回、秋の発表会前に来てもらっているという。我が子の晴れ舞台を支えてくれたピアノ伴奏も、調律のプロが生み出した“音”だったのだ。ホールに響いたあの優しく温かい旋律を思い出し、今日もどこかでピアノと向き合っているだろうその人に感謝した。

ライター、ZINE「映画と握手」発行人。ピアノを題材とする映画はたくさんありますが、最近なら「蜜蜂と遠雷」(2019年、石川慶監督)がお薦め! 恩田陸の原作小説も圧巻。この作品にも調律師が登場しますが、コンクール会場のピアノを調律するコンサート・チューナーだけあって(?)「羊と鋼の森」よりわりとシビアな存在でした。