1958年(監督:斎藤武市)
ロケ地:函館

青函連絡船があった時代を、あなたは覚えているだろうか。青函トンネルが開通する1988年まで、80年間にわたって函館と青森を結んだ鉄道連絡船。廃止された時、5歳だった私は、実際に乗ることは出来なかった。でも、ボーッと汽笛を鳴らし、津軽海峡を堂々と渡る姿は知っている。なぜなら、古い日本映画にたびたび映るからだ。最近アマゾンプライムビデオで見つけ、初めて観ることができた日活のモノクロ映画「白い悪魔」にも、青函連絡船が何度も登場する。
「放したくない(※原文ママ)恋しい男、これが自分の養父とは…許されぬ恋に燃えたつ乙女の激情!!」とは当時の宣伝文句で、「白い悪魔」というタイトルからも、刺激的なドロドロの愛憎劇を期待させるかもしれない。ところが、ご安心あれ(?)。原作は、釧路出身の作家・原田康子の短編小説「夜の出帆」(集英社文庫『いたずら』に収録)。彼女の大ヒット作「挽歌」に続く映画化第2弾と聞けば、昭和モダンな雰囲気をイメージできるだろう。
主人公は、たった一人の家族だった祖父・宗太郎を亡くした少女・朝子(野添ひとみ)と、懇意にしていた宗太郎の遺言に従い、彼女を引き取った克介(森雅之)。函館を舞台に、娘と養父である2人が親子以上の情愛に身を焦がし、悩み苦しむ様子を、チャーミングな野添とダンディな森が上品に体現する。
2人の距離感を描く見事な舞台装置となったのが、青函連絡船だ。1度目は東京に進学する朝子が乗船。涙ながらに別れを惜しむ彼女と、悲しみをこらえるようにじっと見送る克介(イラスト上下)。離れ離れになる2人を叙情的に捉えたショットは、波乱の幕開けも予感させる。
実際、東京で朝子と再会した克介は、ホテルの部屋で共に過ごそうとした夜を境に、彼女を意識。帰りの青函連絡船に乗り合わせた幼なじみ・木谷(大森義夫)からアドバイスを受け、朝子を避けるようになってしまう。そして、今度は朝子が帰省のため青函連絡船に乗るのと入れ違いに、克介は飛行機で東京出張へ。船のデッキに立ち、思いつめた表情で海を見つめる朝子の姿が切ない。
意外なことに、青函連絡船は原作に出てこない。そもそも小説は「北国の港町」の設定で、ロケ地が函館になったのは、「挽歌」ブームにあやかろうとした興行側の意図があったとか。さらに、函館市が5万円(※当時の会社員月給の約10倍!)の補助金を出すなど、地元も撮影を大歓迎したと朝日新聞社編『映画 北の舞台』(1980年、新北海道教育新報社発行)にあった。本書によると、観光都市を目指す市の狙いがあったそうで、劇中には、ハリストス正教会や函館駅、立待岬、駅前にあった名物デパート・棒二森屋など市内各所が登場。エキゾチックな往時の街並みが、メロドラマ的世界を引き立てている。
実は、朝子の実母は、克介のかつての恋人だった。運命に導かれるように惹かれ合う2人の選んだ結末は…? このラストが、原作とは決定的に違っていて意見が分かれるところかも。とはいえ、ここでも青函連絡船がカギに! 出港を知らせるドラの音や「蛍の光」のメロディーが、ハラハラドキドキのクライマックスを盛り上げる。個人的には原作の終わり方が好きだけれど、青函連絡船の記憶を鮮やかに伝えてくれた映画版も捨てがたい。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。「白い悪魔」で朝子を慕う若者役として出演するのが、若き小林旭! 監督・斎藤武市は函館の街を気に入り、1年後、再び訪れて撮影した作品が、小林旭の代表作「ギターを持った渡り鳥」です。蛇足ですが、克介の営む洋装店のデザイナー役は渡辺美佐子さんで、気品のある佇まいに目が釘付けになりました♡
