1964年(監督:松尾昭典)
ロケ地:函館

数年ぶりの函館駅前は、少し閑散として見えた。
秋晴れの9月末、猛暑を乗り切った自分へのご褒美として、函館に行ってきた。1泊2日の弾丸トラベル。特急北斗からホームに降り、駅を出たのはもう夜に差し掛かった頃。周囲はホテルや飲食店で明るいけれど、何か違う。それが、「ボーニさん」の愛称で親しまれ、2019年に閉店した百貨店「棒二森屋」の静けさだと気づいたのは、駅前の交差点を渡る時のこと。フェンスで囲われた老舗デパートを見るのは辛かった。とはいえ、私が知るのは10年ほど前。約60年前、最盛期の姿が、映画「夕陽の丘」に刻まれている。
主演は昭和の大スター・石原裕次郎。幼少期を過ごした小樽の駅に記念碑がある石原だが、100本を超える出演作のうち、北海道でロケしたものは多くはない。「日活ムード・アクション」という宣伝コピー通り、メロドラマとアクションを巧みに織り込んだ娯楽映画である本作は、当時の函館を〝裕ちゃん〟が颯爽と歩く貴重な出演作である。
石原演じる主人公・篠原健次は、兄貴分の服役中に彼の愛人・聖子(浅丘ルリ子)と恋仲になったヤクザ。2人の秘密を知った串田(名古屋章)を撃ってしまった健次は、函館に身を隠し、聖子を待つことに。ところが、彼女はなかなか現れず、地元で頼りにしてほしいと紹介された女性・易子は、聖子と瓜二つだった……! 妹という易子との距離を縮めながらも、聖子との愛を信じる男の苦悩を描く。
浅丘が一人二役で見事に演じ分ける易子の勤め先が、「棒二森屋」。つまり、百貨店の女性店員=デパートガールだったわけだが、持ち場がエスカレーターというのが面白い。陳列棚に商品がずらりと並び、客でにぎわうフロアが懐かしい。
健次が勤務中の易子と待ち合わせる場所は、デパートの屋上だ。背景に観覧車が映り、当時流行した屋上遊園地があったことが分かる。棒二森屋で40年近く勤めた小池田清六さんが綴った冊子『棒二森屋物語 幕末から平成まで百五十年の歴史』(2018年、新函館ライブラリ)によると、この観覧車は映画の4年前に設置され、高さ10メートル、ゴンドラ9台。劇中、函館山から駅前までを一望できる屋上からのパノラマ風景が出てくるが、もっと高くから見渡せる観覧車は、多くの人を喜ばせたことだろう。
聖子の到着を待つ健次が、何度も訪れる場所が、青函連絡船の降り場だ。彼も本州から函館へ渡る際に利用しており(デッキに立つ姿が様になっていた!)、船がいかに身近な移動手段だったかが分かる。加えて、往時の函館駅や函館空港も登場。青函連絡船は役目を終え、駅舎や空港は近代化されたけれど、山や坂、海といった街の情緒は、昔から変わらぬ函館の魅力であることを、映画は教えてくれる。
さて、気になる「棒二森屋」跡地には、ホテルや商業施設などで構成する再開発計画が進められている。函館ファンの一人として、幕末から平成まで、激動の時代を街と共に歩んできた地域百貨店の精神を受け継ぐものであってほしいと願っている。
文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。「夕陽の丘」と同じ年に公開され、石原裕次郎×浅丘ルリ子コンビの魅力が爆発する映画「赤いハンカチ」(舛田利雄監督)は北海道の漁港シーンあり。ちなみに、1958年の「風速40米」(蔵原惟繕監督)で石原は北大生という設定でしたが、道内ロケはなし。でも、北大の人気寮歌「都ぞ弥生」を熱唱します♪
