1951年(監督:黒澤明)
ロケ地:札幌

高校生の時「七人の侍」の面白さに衝撃を受け、20代で「生きる」を観てさめざめと涙を流した私が、同じ黒澤明監督の「白痴」を知ったのは10年ほど前。札幌に引っ越した30代始めの頃だった。
あの世界的巨匠・黒澤が、ここ札幌で映画を撮っていた!しかも出演は、原節子、森雅之、三船敏郎、久我美子らそうそうたる面々!!期待感を高まらせて観た「白痴」は、戦争体験から精神に異常をきたし、純粋無垢な心の持ち主となった亀田(森)を中心に、美しさゆえに暗い過去を持つ那須妙子(原)、妙子に惚れる無頼漢の赤間(三船)、潔癖で勝気な大野綾子(久我)らの愛憎入り混じる物語だった。
ロシアの文豪・ドストエフスキーの長編小説を、戦後の日本に置き換えた野心作だが、あまりに濃密な人間関係と急展開に戸惑い、内心がっかり。ところが数年後、原作本(望月哲男訳、河出文庫)を読んで驚いた。原作の要素を、見事に映像化しているではないか!そうして観直した「白痴」は、ワンシーン・ワンカットが示唆に富んだ、北海道ロケ史に輝く傑作だった。
とりわけ目を引くのは、ドラマを盛り立て、巧みに描写される冬の札幌の街並みだ。たとえば、森と三船が札幌に到着した冒頭、画面一杯に映し出される雪の札幌停車場。これは、1908(明治41)年に建てられた三代目駅舎で、柱や梁などを露出させたハーフティンバーの外観が、異国のような叙情を醸し出す。奇しくもロケ年の夏、木造の駅舎は取り壊され、鉄筋コンクリートの四代目へと役目を譲っていた。高層タワーがそびえる現・五代目駅からは想像もできないレトロな駅舎に見入っていたら、野外博物館「北海道開拓の村」の出入口に縮小復元されていると知り、足を運んだこともあった。また、駅隣接の商業施設・エスタの地下では、三代目駅舎のタイル絵画を発見。わずかなシーンが、わが町の歴史を手繰り寄せる、貴重なよすがになったのだ。
駅前広場にあった八角ドームの札幌鉄道管理局。創成川にたたずむ消防署の望楼。雪深い石蔵が並ぶ二条市場界隈。アーケードができる前の狸小路。人気喫茶・紫烟荘(しえんそう)……。物語に織り込まれた往時の情景どれもが、そうした懐かしい記憶を秘めていた。
後半、主要キャストが再会する中島公園では、仮装したスケーターが夜のリンクで滑る怪しげなイベントが登場。映画の設定かと思ったら、大正から昭和にかけて実際に行われていた冬の祭典「氷上カーニバル」だと分かった時も新鮮な思いがした。スケートシーズンの滑り納め、冬の終わりを祝う行事だったそうが、ロケは開催の約1週間後で、映画はエキストラを集めた再現だとか。とはいえ、このシーンは原作にない映画オリジナル。ドストエフスキーに傾倒していた黒澤監督の執念を感じる山場でもある。
そもそもロケ地に札幌が選ばれたのは、原作の舞台・サンクトペテルブルグ(当時ソ連)に雰囲気が近かったから。ところが、1972(昭和47)年の札幌冬季五輪を機に街は変貌。後年、黒澤監督がそれを嘆いた手紙が残されている。 「白痴」から70年余り。札幌の中心部は建て替えが相次ぎ、街は再び、大きく変わろうとしている。今の街並みに愛着のある私は、わくわくドキドキしながら変化を見つめている。そして、こうも願っている。未来の札幌も、新しい映画人を刺激するものであってほしいと。

イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。劇中、大野邸として使われたのは、主演・森雅之の父・有島武郎邸でした。森は封切プログラムに「ロケ地である札幌は私の生地だし(中略)大いに張切って出来るだけいい仕事をお目にかける積りでいる」とコメントを寄せている。が、後年には、幼い頃に情死した父への怒りを吐露した資料も残されており、撮影時の心境は複雑なものだったかもしれない。