1989年(監督:森田芳光)
ロケ地:函館

函館に行くと、必ず足を運ぶ場所の一つが「カフェやまじょう」。なぜなら店主の太田誠一さんは、知る人ぞ知るロケコーディネーター。海あり山あり坂もある街・函館は、いつの時代も映画人に愛され、今ではフィルムコミッションがあるけれど、太田さんはその発足前、1980年代からロケ地案内やエキストラ集めなどを個人で引き受けてきた。御年72歳、活動歴約40年の彼が「映画作りの面白さを学んだ〝最初の学校〟」と語るのが、映画「キッチン」だ。
原作は、吉本ばななの短編小説『キッチン』と続編『満月 キッチン2』。唯一の肉親となる祖母を亡くした主人公・桜井みかげ(川原亜矢子)が、祖母の知り合いという青年・田辺雄一(松田ケイジ)に誘われ、彼と、彼の「母」を名乗る絵理子(橋爪功)との奇妙な同居生活を始める物語。タイトルは、天涯孤独の身となったみかげにとって、安心して眠れる場所が、台所の冷蔵庫の脇だったことに由来する。
元来映画好きで、「居酒屋兆治」(1983年、降旗康男監督)や「テイク・イット・イージー」(1986年、大森一樹監督)などのロケを手伝っていた太田さんだが、準備段階から本格的に関わったのは「キッチン」が初めて。監督の森田芳光さんは当時、松田優作主演「家族ゲーム」(83年)をヒットさせた気鋭の存在。函館ロケは、「ときめきに死す」(84年)に続く2本目だった。
「〝森田組〟は好きだし、喜んで協力したけれど、現場のセットから照明、音響、小道具、衣装すべてにこだわるのには驚いたね。ここまでやるのか!って」と太田さん。
たとえば、映画冒頭にみかげが食べる「かつ丼」。「何軒も店を紹介したんだけれど、『イメージした味と違う』となかなか決まらない。結局、知り合いのラーメン店で作ってもらったら『これだ!』となってひと安心しました」と笑う。なぜそこまで味にこだわるのか不思議に思ったところ、「みかげが本当においしく感じるものを」という狙いだったと知り、感心したという。
函館の街並みを、森田監督ならではの視点で切り取った珠玉の映像の中でも、とりわけまぶしく感じるのが、みかげと雄一が待ち合わせる花時計のシーンだろう。地元月刊マガジン『peeps hakodate(ピープス函館)』124号(2024年4月号)によると、ロケ地は函館東山ローズヒルバラ園。「バブル景気によるレジャー開発によってつくられたもので、その規模は当時で国内最大規模」だったそうだが、いつの間にか撤去されたらしい。太田さんは「撮影は本当に朝までずっと続けていた」と懐かしむ。
「キッチン」以降、20年以上にわたって親交を深めた森田監督のことを「照れ屋で人懐っこくて普段は普通のお兄ちゃん。でも、思いもよらないところから〝宝物〟を掘り当てる感性を持っていた」と語る太田さんは、2013年、自身のカフェ前に森田監督を偲ぶモニュメントを設置した。監督が61歳の若さで急逝した2年後のことだ。
余談だが、数年前、仕事で函館を訪れた私は、夜にふらりと「カフェやまじょう」に向かった。太田さんは不在で閉まっていたけれど、サングラスをかけた森田監督の写真が、街灯にぽっかりと照らされていた。静かで温かなその光景は、まるで映画のワンシーンのように見えた。

文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。実は、「わたし出すわ」(2009年)の公開時、私は森田芳光監督と「カフェやまじょう」で対面しました! でも当時は、監督のすごさを全く理解していませんでした…。作品を見直すようになったのは、敬愛する映画批評家でラッパーの宇多丸さんが、人生ベスト級に「ときめきに死す」(84年)を挙げているのを知ってから。宇多丸さんと三沢和子さんの対談などを収めた『森田芳光全映画』(リトルモア)をバイブルに、今、少しずつ森田映画の魅力に触れています。