1984年(監督:森田芳光)
ロケ地:北斗、七飯、函館

この映画を観るなら、夏真っ盛りの今がベストではないだろうか。
「ときめきに死す」は、晩夏の北海道、とある田舎町が舞台。陽炎、夕立、海水浴といった夏らしい風景がふんだんに盛り込まれるにも関わらず、なぜか、ひんやり涼しいムードが漂う。
幕開けは、「渡島駅」という架空の無人駅。駅前に車を停めていた中年男性・大倉(杉浦直樹)は、一人の若者・工藤(沢田研二)を出迎える。初対面とはいえ、変に腰が低い大倉。それもそのはず。この青年の世話が、彼の役目なのだが、相手の素性や滞在理由は不明。なのに、報酬は高額。つまり、知らなくていいことの多い、ヤバい仕事のようなのである。
ところが、避暑地の別荘で共に過ごすうち、大倉は気づいてしまう。こんなのどかな町に、なぜ自分たちが逗留しているのかを。トレーニングを欠かさない物静かな若者の、トンデモない目的を……。
丸山健二の原作は、無為に日々を過ごしていた「私」が、怪しい仕事に携わることで〝ときめき〟を手に入れる一人語りのハードボイルド小説だったが、映画版は、森田芳光監督による大胆なアレンジと映像表現によって見事に換骨奪胎。今も根強いファンを持つ、カルト的作品として知られている。
私が本作をチェックしたのは、敬愛する映画評論家でラッパーの宇多丸さんが生涯ベストランキングの1本に挙げたと知ってから。正直言って最初はピンとこなかったけれど、何度も観返すうち、悲壮な決意を秘めた工藤の冴えないキャラクター(1979年「太陽を盗んだ男」のジュリーとは正反対だ!)や、原作にないパーティコンパニオン・ひろみ(樋口可南子)の魅惑的な存在感、今も全く古びない少しオフビートな語り口など、見どころをいくつも発見。また、現在は北海道新幹線・新函館北斗駅に変転した渡島大野駅や、大倉と工藤が釣りをする七飯・大沼国定公園など、道南の風景を巧みに生かし、唯一無二の世界観を作り上げた森田監督の手腕に、改めて感心したのであった。
その後、『森田芳光全映画』(編・著 宇多丸 三沢和子、リトルモア)を手にし、何だか胸が一杯になった。B5版・568ページ。鈍器本と呼びたくなる分厚い本書には、長年のファンを自認する宇多丸さんと、公私共にパートナーだったプロデューサー・三沢さんの思いが、これでもかと詰まっていたのである。本書を読むと、2011年12月に急逝した森田監督が、いかに映画作りを楽しみ、多種多様なフィルモグラフィがいかに多くのクリエイターに刺激を与えてきたかがよく分かる。
森田監督といえば、本コラム66回「キッチン」で紹介した函館のロケコーディネーター・太田誠一さんのことも忘れられない。そういえば、2年前の秋、彼のカフェを訪ねた際、その年の夏に「森田芳光作品ロケ地巡りバスツアー」が函館で行われ、「ときめきに死す」の外食シーンが撮影された老舗洋食店・五島軒もガイドしたと教えてくれた。
本作に出てくる新宗教「♡なしでは生きてはいけない」ではないけれど(笑)、♡(=愛)は人の心を動かす。宇多丸さんや三沢さん、太田さんが語り継いでくれた森田監督への深い愛は、私にもしっかり伝わっている。

イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。北海道ロケはないですが、「ときめきに死す」と同年公開の森田芳光監督作「メイン・テーマ」が、すごく面白かった! Netflixで是枝裕和監督がドラマ化し、今年話題となった「阿修羅のごとく」は、2003年に森田監督が映画化。私は八千草薫主演、1979・80年のNHKドラマ版を最近見たので、こちらも楽しみです。