1983年(監督:蔵原惟繕)
ロケ地:稚内、札幌

今年は高倉健さんの没後10年。本コラムではこれまで、「森と湖のまつり」(1958年)「網走番外地」(1965年)「鉄道員 ぽっぽや」(1999年)など9本の出演作を取り上げたが、今回はあの大作映画で、北海道ゆかりの名優を偲びたい。「南極物語」だ。
「タロ、ジロは生きていた!」――65年前、南極・昭和基地で起きた〝奇跡〟をご記憶の方もおられるだろうか。タロ、ジロとは、日本で最初の南極観測隊に同行した兄弟犬のこと。2匹は1957年2月から1年間、第1次観測隊の物資を運ぶ犬ぞり引きなどで活躍。ところが、第1次隊と入れ替わる予定だった第2次隊が悪天候で観測を断念すると、無人の昭和基地に取り残される悲劇に見舞われる。置き去りとなった犬はほかにも13匹いたが、その1年後となる1959年1月、第3次隊の前に生きて現れたのは、タロとジロの2匹だけ。日本中を驚かせた生還劇を映画化したのが、本作である。
健さんが演じたのは第1次隊員の潮田。世話した愛犬を置き去りにせざるを得なくなり、仲間の越智隊員(渡瀬恒彦)と悔恨にさいなまれる、つらい役どころだ。帰国後、潮田は北海道大学講師の職を辞し(当時の理学部本館、現・北大総合博物館が映る)、犬の元飼い主を訪ね歩く謝罪の旅に出る……。
当時を知らない私には意外だったが、南極観測隊の犬はもともと、稚内周辺の一般家庭で飼われていた樺太犬だそう。樺太犬はロシア・サハリン原産の大型犬で寒さに強く、北海道で昔から使役動物として重宝されていた(ちなみにロケ時はほぼ絶滅し、代わりにエスキモー犬が使われた)。稚内市の公式サイト内「南極物語」ページによると、犬は「当時の金額で1頭3千円から1万5千円で購入」し、無償提供した人もいたとか。そうして集まった犬たちを稚内で訓練し、南極へと送り出したのである。そうした事情を知ると、劇中で、犬の飼い主だった少女(10代の荻野目慶子!)に会いに行った潮田が、幼い妹から涙ながらに強い非難を受けるシーンの意味がよく分かる。

ロケは3年以上に及び、北極や南極でも実施。危うく大惨事というアクシデントもあったそうだが、プロデューサー・角谷優氏の著書『映画の神さまありがとう テレビ局映画開拓使』(扶桑社)によると「高倉さんは、過酷な撮影にもまったく愚痴をこぼさず、黙々と犬係の隊員・潮田の役をこなしてくれた」という。健さん本人の人柄と重なるような、誠実な男・潮田がじっと悲しみに耐える姿と、南極で精一杯生きた犬たちの足跡をドキュメントタッチで追う躍動的な映像美の対比が、本作の見どころだ。
さて、映画と共に、健さんを追想するのにぴったりな〝味〟を最後に紹介したい。札幌にある自家焙煎コーヒーの店「蔵人」だ。店主・嶋津彰さんはススキノで喫茶店を経営していた頃、健さんと交流。彼の要望で考案した好みの味を「特選ブレンド」と名付け、今も守り続けている。コーヒー好きで知られた健さんが愛したビターで優しい一杯を味わいながら、私はこの原稿を書いている。

文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。稚内公園には今も、南極観測樺太犬訓練記念碑と樺太犬供養塔が建立されています。また、稚内では毎年8月、「稚内みなと南極まつり」が開催されています!