2023年(監督:岩井俊二)
ロケ地:帯広、芽室、新得、鹿追

本誌前号の「投稿塾」テーマは「映画の舞台、北海道」。寄せられた560件のコメントの中には、小樽ロケ「LoveLetter」(1995年)の記述も多く、公開から30年経った今も愛される名作なのだと実感した。その岩井俊二監督が、再び北海道を撮影地の一つとした映画が「キリエのうた」。しかも、私の出身地・帯広も舞台だという! 2年前の秋、試写会にいそいそと足を運んだことを覚えている。
なぜ、一般公開より早い試写に参加したかと言えば、AFC主催の「映画と握手」上映会第4弾の特別ゲストとして、なんと岩井監督がお越しくださることになったため。上映作品は「LoveLetter」だが、イベント開催日(2023年9月22日)の約1カ月後に封切りされる最新作「キリエのうた」についても話を伺えることになったためだった。またとない絶好の機会といえるが、私は少し不安だった。もし、面白くなかったらどうしよう。ステージで対面する監督ご本人に、何と言えば…。
ところが、試写が始まると、そんな思いは杞憂に終わった。歌でしか声を出せない路上ミュージシャン・キリエ(アイナ・ジ・エンド)と、彼女の歌に足を止め、マネージャーを買って出た謎の女性・イッコ(広瀬すず)。2人の関係を軸に、婚約者を失った過去にとらわれる夏彦(SixTONES・松村北斗)、心優しい教師・フミ(黒木華)らの運命が交錯する13年間の物語を、宮城・石巻、大阪、北海道・十勝、東京と、場所も時系列もパズルピースのように入れ替えながら、ファンタジックに紡いでいく。
北海道は、2018年の冬という設定で登場。バイト先(帯広駅エスタ西館にある十勝しんむら牧場のアンテナショップ!)に向かう高校生・真緒里(広瀬)が帯広駅前のバス停で降りたり、真緒里と路花(読み方:ルカ、アイナ)が出会う図書館シーンが芽室・白樺学園で撮影されたりした。とりわけ、2人が神社(新得・新屈足神社)にお祈りに行った帰り道、雪道(しかおいパーク)を歩いた先の雪原ではしゃぎ、寝ころんだ路花が歌い出すシーンは印象的。映画公式サイトの岩井監督動画によると、2022年2月22日の帯広で行われた撮影初日、あまりの雪でロケ予定地にたどりつけず、車を降りた周辺で撮影したのが、その場面。岩井監督は「冬の終わりの雪にきれいなイメージはなかったけれど、前日の吹雪で一掃され、真っ白い雪で撮れたことは奇跡のようだった」と振り返っている。その映像はオープニングとエンディングに使われ、もの悲しくて美しい作品の世界観を象徴するようなシーンとなった。
雪原シーンをはじめ、主人公・キリエを演じるアイナ・ジ・エンドの独特な歌声が、本作の大きな魅力だろう。私が彼女の歌声に引かれたのは、日本語吹き替え版に加わったアメリカのアニメーション・ミュージカル映画「SING/シング:ネクストステージ」(22年)がきっかけだったが、映画初主演という本作では、その実力をいかんなく発揮。歌が素晴らしいのはもちろんだが、彼女のストリートライブを聞く聴衆の表情の捉え方も見事で、本当にその場に立ち会っているような没入感を味わえた。
さて、そんなこんなで迎えたイベント当日、岩井監督がコロナのため来札できず、急きょ登壇中止に。会場を埋め尽くした来場者の皆さんに申し訳なく、同時に私も緊張感がほどけるやら、残念やら。だからあの日、岩井監督に伝えようと思った言葉の欠片は、胸の奥にしまったまま。叫ぶような、祈るような〝キリエのうた〟も、心の中で鳴り続けている。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。「キリエのうた」の初期編集版をもとに、時系列に沿って岩井監督が再編集したドラマが「路上のルカ」のタイトルで2024年に完成。全10話、5時間半超の内容も見てみたいです。公開30周年を記念し、「Love Letter」4Kリマスター版が今年上映。急逝した主演・中山美穂さんの演技に改めて涙。合掌。
