2001年(監督:熊切和嘉)
ロケ地:浦幌、豊頃、幕別、釧路(音別)、帯広

帯広出身・熊切和嘉監督の最新作「658㎞、陽子の旅」(2022年)が、第25回上海国際映画祭(2023年6月)で最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀脚本賞の3冠に輝いた。主演の菊地凛子が、熊切作品に参加するのは約20年ぶり。その記念すべき初タッグ作品「空の穴」は、熊切監督にとっては商業映画デビュー作、菊地にとっては初めて役名がついた出演作だとか。それぞれにとって思い出深いであろう映画を、この機会に紹介したい。
舞台は、十勝の国道沿いにあるドライブイン「空の穴」。寺島進演じる市夫は、ここで料理人をしながら、代わり映えしない日々を送っている。経営者の父親がばんえい競馬を追いかけ(当時は道内4都市を巡回していた)、店を留守にした頃、一人の女性が転がり込む。旅の途中で恋人に捨てられた妙子(菊地凛子)だ。恋に不慣れな男と、恋で傷ついた女。2人の出会いの行方は――。
本作を私が初めて観たのは2007年だが、正直言えば、当時の印象はそれほど強くなかった。帯広市中心部の歩行者天国イベントで、百貨店・藤丸(今年1月に閉店してしまった)の外壁にスクリーンを設けた屋外上映会という、特別な環境で鑑賞したことはよく覚えているのだけれど。
ところが今回、16年ぶりにDVDで観直したところ、シーン全編にみなぎる濃厚な空気感から目が離せなかった。無口な寺島の立ち居振る舞いから伝わってくるのは、人生を半ば諦めた男の心情。特に、朝霧の漂う一本道を黙々と走る場面からは、彼の孤独感が匂い立つようだ。熊切監督は「自分の原風景が撮りたくて」故郷・十勝をロケ地にしたと、北海道の地元紙に寄せたエッセーで明かしていたが、確かにあの広大な風景を曇天交じりに捉える描写は、出身者ならではといえるかも。映画のラスト、画面一杯に映し出される、抜けるような空の青さを、巨大スクリーンでもう一度体感してみたい。
ちなみに、劇中で寺島が訪れる映画館は、当時、帯広にあったプリンス劇場だ。シネコン進出のあおりを受け、撮影の2年後には閉館したものの、NPO「CINEとかち」が運営を引き継いで復活。私もCINEとかち時代に通い、熊切監督の作品を観たこともあったが、建物の老朽化で2012年に閉鎖してしまった。映るのはわずかな時間だが、あのレトロな趣が脳裏に蘇り、無性に懐かしかった。
実は、熊切監督との縁はまだ続き、「海炭市叙景」(2010年)の函館ロケに私は市民スタッフとして協力。物静かな監督が、現場では生き生きと演出する姿に、映画への並々ならぬ思いを感じた。そういえば、シャイな雰囲気は本作の主人公とも重なる気が。監督にそう言ったら、何と答えてくれるだろうか。
さて、「空の穴」では、寺島が新しい一歩を踏み出すきっかけとなるヒロインを演じた菊地凛子だが、「658㎞、陽子の旅」では反対に、自分の殻に閉じこもる女性役で主演。「空の穴」の主人公にも通じる役どころだが、こちらはやむにやまれぬ事情でヒッチハイクをする羽目になる。道中苦しみ、もがいた彼女がたどり着いたラストシーン。シアターキノの暗闇で、私は涙を流しながら、迫真の演技で魅せた菊地と、カメラの裏側にいた熊切監督に、心の中でスタンディングオベーションをしていた。
文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。狸小路5丁目の屋外スペース「空き地」で9月に開催された札幌狸小路商店街150周年記念「平成狸合戦ぽんぽこ」上映会に息子と参加。都市開発ですみかを追われたタヌキたちの物語を、繁華街で見る面白さと切なさよ…。それにしても、狸小路・本陣狸大明神社に祀られる狸が、映画の重要キャラ(八百八狸・隠神刑部)のご子息だったとは! 「空き地」は来春までだそうですが、札幌のど真ん中を無料開放するという太っ腹な試みに感謝です。
