2019年(監督:イム・デヒョン)
ロケ地:小樽


韓国の冬は、雪はそれほど積もらないという。道民にはありふれた雪景色が人気なのは、やっぱり新鮮に映るからだろう。韓国映画「ユンヒへ」は、シングルマザーのユンヒ(キム・ヒエ)が、高校生の娘・セボム(キム・ソへ)と冬の小樽を訪れる物語。親子でせっかくの海外旅行というのに、ユンヒの表情は冴えない。その理由とは……。
旅のきっかけは、小樽から届いた一通の手紙。差出人は高校時代の同級生・ジュン(中村優子)で、文面には「たまにあなたの夢を見る/私は卑怯だった」など赤裸々な思いがつづられていた。ならば、この旅で感動の再会……!と、すぐにならないのは、ジュンは手紙を送っていないから。実は、こっそりポストに投函したのはジュンの伯母・マサコ(木野花)。そして、手紙を盗み見たセボムが、母を「ジュン」という人物に会わせようと、知らないふりをして小樽への旅を提案したというわけである。
日本公開は2022年1月で、私は札幌・シアターキノで鑑賞した。韓国映画といえばアップテンポな恋愛ドラマを予想していた私は、本作の感情を抑えたセリフ回しやリズム感に少し拍子抜け。小樽に着いても笑顔の少ないユンヒに戸惑い、距離を感じながら観た気がする。
ところが、最近観直すと、ユンヒの言動の裏側に、癒えない痛みや怯えがあることに気がついた。彼女だけではない。「自分自身を隠して生きてきた」というジュンも、独り身のままジュンを育てたマサコも、言葉にできない感情を抱えていた。一見静かなこの物語には、たくさんのざわめきが流れていたのだ。
劇中の静けさを際立たせるのが、小樽の街をすっぽり覆う「雪」の存在だ。当時、小樽フィルムコミッション事務局(小樽市産業港湾部観光振興室内)の職員としてロケ支援に携わった田中洋行さん(51、現・市立小樽図書館事務長)によると、イム・デヒョン監督の意向で撮影は2019年1~3月に実施。マサコが歩く小樽豊川郵便局やジュンが住む富岡住宅街など、雪山が並ぶ北国の風景が映し出される。
そうした中、ドラマチックな瞬間を迎える舞台として選ばれたのは、小樽運河の浅草橋だ。夕暮れ時にはガス灯がともる観光名所だが、撮影は既存のライトアップが終わった深夜に行われたそう。ここは冬場、青色の電飾を使ったイルミネーションイベント「青の運河」が行われてもいるが、「監督のイメージに合わせて撮影隊が黄色の電飾で彩り、〝黄色い運河〟という珍しい光景が広がりました」と田中さん。
田中さんが小樽フィルムコミッションにいた2年間、さまざまな作品に関わったそうだが、本作はベスト3に入るほど思い出深い映画だという。「撮影規模が大きく、小樽のロケ地数も多かった。映画を観て、地元のひいき目ではなく、ストーリーとロケーションが合致しているとも感じました」と振り返る。
雪の小樽といえば、日本映画「Love Letter」(1995年)を想起する人も多いはず。イム監督が初めて小樽を訪れたのも、作品ファンの友人に誘われたからだとか。「ユンヒへ」の終盤、投函されていないもう一通の手紙があることが明かされる。でも、その送り先は天国ではなく、今を生きる人。だからいつか、思いは伝わると信じたい。春になれば雪は解けるように、新しい季節はやってくるのだから。
ライター、ZINE「映画と握手」発行人。ユンヒ役のキム・ヒエさんはベテラン俳優で、韓国で一大ブームとなった連続ドラマ「夫婦の世界」(2020年)にも主演。この機会に見てみたところ、完璧だった夫婦に巻き起こる壮絶な愛憎劇! キムさんは「ユンヒへ」で見せた繊細な表情を駆使しながら、知性と色気を漂わせた主人公をさっそうと演じておられました。
