1980年(監督:黒澤明)
ロケ地:厚真

「現場には獣医師が何人も待機し、麻酔を打たれた複数の馬が横たわっていました。ところが、なかには麻酔がうまく効かず、立ち上がろうとしたり、暴れたりするのもいる。それでもカメラが回っている間、騎馬隊役のエキストラは馬のそばで倒れっぱなしです。『死んだ覚悟でやりました』と話した方もいたんですよ」。のどかな草地が広がる牧場を眺めながら、45年前、ここで撮影されたという映画「影武者」のクライマックスシーンを、私は思い返していた。
6月末、厚真町のロケ地を巡る「影武者」撮影地ツアーに参加した。全国映連(映画鑑賞団体全国連絡会議)と苫小牧映画サークルによる実行委員会が主催する交流イベント「苫東映画祭」の特別企画で、集まったのは全国各地の映画愛好者20人余り。案内は、当時、町役場に勤め、地元撮影の窓口となった館山睿(たてやま・さとし)さん(85)だ。
映画は、戦国時代の武将・武田信玄の替え玉(=影武者)に仕立て上げられた盗人(仲代達矢が二役)の数奇な運命を描く歴史大作。信玄の息子・勝頼(萩原健一)率いる武田軍が、織田信長・徳川家康の連合軍と激しくぶつかる「長篠の戦い」が、終盤の見せ場となる。
ツアーで最初に訪れたのが、その舞台となった牧場だ。「撮影時は造成中で、土地に高低差がありました」と説明する館山さんが教えてくれたのが、冒頭のロケ裏話。丘の上でずらり待ち構える織田軍の鉄砲隊に、武田軍の重臣(大滝秀治、室田日出男、志浦隆之)が騎馬で立ち向かう上のイラストがその場面なのだが、現在は起伏のない平地となっていて、合戦シーンが撮影されたことが、まるで夢のように思える。
次に向かったのは、そこからほど近い別の牧場。今も残る古い厩舎が、撮影基地(ベースキャンプ)になったという。「映画で使う大量の武具や資材を置いたり、約150頭の馬を係留したりしていました。黒澤監督の映画製作を支援したフランシス・フォード・コッポラさんやジョージ・ルーカスさんが陣中見舞いに来たこともありました」と館山さん。思わぬビッグネームに身を乗り出したものの、「その時はよく分からず、『今日は外国人が来ているな』と思っただけでしたが」という言葉に私はズッコケ。
ちなみに、館山さんもエキストラ武士として出演。というのも、スタッフが当てにしていた地元の農家が天候不順で集まらず、役場職員や札幌の大学生にまで広く協力を呼び掛ける事態になったそうだ。若き館山さんが武具をまとった写真も見せてくれたが、「視力0.2にも関わらず、撮影中はメガネを外して何度も走らされ、結構キツかったです。黒澤監督はリハーサルを繰り返すので、ようやくOKが出ると、助監督さんたちは小躍りして喜んでいました」と、リアルな現場エピソードを明かしてくれた。
その後、劇中で「高天神城の戦い」の場となった砂山(地元砂販売会社の敷地内)を経由し、最終目的地の浜厚真海岸へ。長野・諏訪湖畔に見立てられ、ショーケン演じる勝頼が馬で駆けた場所だ。
その日は小雨交じりの曇天だったが、巨匠・黒澤監督の足跡をたどっている高揚感もあってか、バスを降り、波打ち際まで散策した人も多かった。私もその一人で、全国の映画ファンと浜辺で写した記念写真がスマホに入っている。次に本作を観る時は、あの時感じた潮風や波の音も、脳裏をよぎることだろう。

イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。「影武者」撮影地ツアーの前に行ったのは、平取の二風谷コタン。解説付き見学に大満足! 二風谷アイヌ文化博物館には、映画「ゴールデンカムイ」の出演者サインもありましたよ。