1951年(監督:谷口千吉)
ロケ地:網走、阿寒(釧路)

「黒澤明が世に送り出した珠玉の名作が、今、甦る!」と銘打った「黒澤明DVDコレクション」(朝日新聞出版)のラインアップに、未見の北海道ロケ映画「愛と憎しみの彼方へ」を見つけたのは今年初めのこと。デジタル化されていたとはつゆ知らず、大発見!と即注文した私。付録のマガジン表紙に載る主人公、丸刈り頭の青年が若き日の三船敏郎だと判って意外な思いがしたが、映画の内容にもっと驚いた! 網走刑務所の脱獄囚を追う看守――これって、「網走番外地」(1965年、※1)では!?
「愛と憎しみの彼方へ」は、羽幌出身の芥川賞作家・寒川光太郎の「脱獄囚」を原作に、谷口千吉監督と黒澤明が共同で脚本を書いたアクション大作。嵐の夜、網走刑務所の模範囚・坂田五郎(三船)が脱獄し、看守の久保(志村喬)は驚愕する。実は囚人仲間の与助(小澤栄)が五郎の妻・まさ江(水戸光子)と医師・北原(池部良)の関係をうそぶき、そそのかしたのだ。五郎を止めようと追っ手に加わる久保。一方、夫の脱獄を知ったまさ江は、北原に付き添われ、幼子を連れて思い出の炭焼き小屋へ。遅れて小屋に到着した五郎だが、北原の存在に逆上。広大な雄阿寒岳を舞台に、三船、水戸&池部、志村の追走劇が始まる!
谷口×黒澤コンビにとっては1949年の「ジャコ萬と鉄」(※2)に続く北海道ロケ。緊迫した人間ドラマは共通するものの、前作の漁場から一転、今回ロケ地に選んだのは、道東の荒々しい大森林と火山だ。
現地での撮影は1950年11月から行われ、ロケ隊が雄阿寒岳の営林小屋に泊まり込んで撮影に明け暮れたそう。DVDマガジンでは黒澤が自ら助っ人を志願し、山の尾根を歩く三船のロングショット撮影を指揮した裏話が紹介されている。ちなみに黒澤は、翌月から自身の監督作「白痴」(1951年、※3)の札幌ロケに移動。「白痴」は異国情緒あふれる当時の札幌の街並みを生かした野心作だったが、この「愛と憎しみ~」では噴煙をあげる雄阿寒岳の風景がクライマックス舞台に。都会と大自然、どちらも日本離れしたスケール感ある北海道の情景が、若き映画人を大いに刺激したことが伺える。
網走刑務所も重要な舞台となったが、実は今回が初めての映画ロケ。法務省を説得した谷口監督は、服役者に変装して泊まり込み(!)、房内での経験談を映画作りに反映。さらに、本物の看守と服役者をエキストラに使った屋外労働シーンの撮影にも成功したというから驚きだ。
公開から約30年後、朝日新聞の取材に谷口監督は「我々が突破口を開かなかったら、その後の網走番外地シリーズも日の目を見なかったかもしれませんね」と振り返ったそう。興行的には成功しなかったという本作だが、今観ると、北の大地が秘める自然の厳しさや美しさの中で、〝愛と憎しみ〟をぶつけ合う映画スターの熱演が光る。「網走番外地」との奇縁を含め、嬉しい驚きに満ちた映画だった。

イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。谷口千吉監督×黒澤明の初コンビ作は1947年の「銀嶺の果て」。三船敏郎のデビュー作としても注目され、1950年初開催のさっぽろ雪まつり会場でも野外上映される予定でしたが、満員の観客に映写台が倒され、やむなく中止になったとか(笑)。音楽は「愛と憎しみの彼方へ」と同じく北海道ゆかりの作曲家・伊福部昭! 機会があればぜひご覧ください。 ※1~3は、本コラムでご紹介した作品です。プレミアムプレスの公式サイトで読み直すことができます。