1980年(監督:山田洋次)
ロケ地:中標津、別海

北海道の牛乳を毎朝飲んでいる。子どもの頃から当たり前だったこの味が、実はものすごく美味しくて、たくさんの努力と苦労の上に成り立っていることを知ったのは大人になってから。「遙かなる山の呼び声」は、酪農王国・中標津の片隅で牛飼いをする母子(倍賞千恵子、吉岡秀隆)と、過去を背負う流れ者(高倉健)の触れ合いを描く物語。この夏、映画の舞台となった根釧台地を旅した。
広大な丘陵地帯。格子状の防風林。スクリーンの風景に身を置いてみたかったのはもちろんだが、一番の目的は、ある方にお会いすること。本作に深く関わった〝農民作家〟玉井裕志さん(88)である。
玉井さんは晴耕雨読の暮らしに憧れ、24歳で別海町へ。1958年、「根釧パイロット事業」に合格しての入植だった。この事業は根釧原野を大型機械で開墾し、酪農モデル地区を作る国家プロジェクト。ところがいざ始まると、輸入ジャージー牛の品質が悪く、借金のため離農者が続出。歯を食いしばって牧畜に励んだ玉井さんも、家族が事故に遭い苦境に…。そうした悲喜こもごもを、玉井さんは寝る間を惜しんで執筆、自伝的小説『萌える大草原』(1987年、草の根出版会)などを発表してきた。
『萌える大草原』には、山田洋次監督との10年以上にわたる交流も綴られている。それによると、初対面は映画「家族」(1970年)の下準備。長崎の炭鉱夫一家が北海道の開拓酪農に希望を見出すあらすじを聞いた玉井さんは、こう言ったそうだ。「北海道の酪農は、もう行きずまっているのですよ」。その言葉が胸に残り、「もう一度根釧原野を写したい(中略)玉井さんの生活を描いてみたい」と願ったことから、「遙かなる山の呼び声」が生まれたと、山田監督が書籍化に寄せた序文で書いている。
さて、「家族」さながら、6歳の娘から60代の両親まで家族6人を引き連れ、別海町に押し掛けた私を、玉井さんは笑顔で迎えてくれた。約5千冊もの蔵書を保管する家屋に続き、ロケ地となった牧草地を案内してもらった。「倍賞さんが電気牧柵の線を張るシーンや、高倉さんが夕焼けを見つめるカットはここで撮影されました。映画の牛も、私が飼っていた牛たちなんですよ」。夏の日差しを受け、ぼうぼうと波打つ草原は眩しいほどに光輝いている。
「遙かなる山の呼び声」から9年後、玉井さんは31年間の酪農家生活にピリオドを打った。牧草地は人手に渡ったが、住宅を「玉井裕志文学館」として公開。創作を続ける玉井さんに2020年、日本農民文学賞が贈られた。
根釧台地から戻ったひと月後、偶然にもNHKで本作のリメークドラマ(2018年)の続編「続 遙かなる山の呼び声」が放送された。山田監督が書き下ろし、阿部寛演じる耕作が仮出所した〝その後〟を描く物語。驚いたのは、ヒロイン・民子(常盤貴子)が酪農を続けている! ピアノに才を発揮する息子を育て、彼女が牧場を守るのはなぜなのか。その理由が明かされた時、私の心に温かな灯がともった。
どんなに苦しくとも、あの大地で生きるからこそ、輝くものがある。映画から42年を経た今、山田監督が作品に込めたメッセージは、モデルとなった玉井さんへの力強い励ましに思えたのである。

文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。玉井裕志さんの穏やかな雰囲気は、「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」(1973年)で織本順吉が演じた酪農家さんに近いです。ちなみに「男はつらいよ 知床慕情」(1987年)では、三船敏郎演じる獣医師が「玉井さん」から電話を受けます(笑)。玉井裕志文学館(別海町豊原3-13、10時〜16時半 ※休館日は木曜・12/1~4/30) にご来館の際は、玉井さん(TEL:080-4047-5662、FAX:0153-76-2610)へご連絡を!