1976年(監督:佐藤純彌)
ロケ地:浦河、様似

“伝説の映画”に期待し過ぎて、肩透かしを食うことがある。高倉健さんファンには申し訳ないけれど、彼が主演した「君よ憤怒の河を渉れ」もそのひとつ。日本より3年遅れて公開された中国で社会現象を巻き起こすほど大ヒットしたというサスペンス大作だ。
物語は、エリート検事の杜丘(もりおか・高倉健)が身に覚えのない強盗強姦と窃盗容疑で逮捕されたことから始まる。逃亡した彼は、被害を訴えた女を探して石川県の能登半島へ。ところが彼女は殺されていた!もう一人の目撃者を追って向かったのは、ここ北海道。現地の警察網をかいくぐった彼は日高の山へ逃げ……。と、ここまでは緊迫感のある逃亡劇。だがこの後の展開に、私は思わず吹き出してしまった。 山で杜丘は叫び声を耳にする。なんと、クマに襲われ、木の上にしがみつく女性がいるではないか!危機一髪で助けられた彼女こそ、ヒロイン・真由美(中野良子)。本作で一躍スターとなる中野は迫真の演技だけれど、悲しいかなこのクマが明らかに着ぐるみなのだ。杜丘を追いかけるアクの強い警部・矢村(原田芳雄)も凶悪クマと対決するのだが、どこかコントに見えてしまうのが惜しい。
そんなことを思いながら西村寿行の原作小説を読んでみたら、実はあのクマが重要な存在だと分かってびっくり。原作には、家族を殺された恨みからクマを狙うアイヌ老人が登場。この老人にかくまわれた杜丘は「追う/追われる」という表裏一体の関係について思索を巡らせる。そして、孤独な逃亡生活で体感した「人間が人間を狩ること=マンハント」の恐ろしさを痛感するのである。たとえ無実であっても、権力に狙われた彼は大衆の標的となった。逃げ場のない“正義”の目にさらされたとき、人は何を信じ、何のために生きるべきなのか……。彼の問いかけは、「自粛警察」なる言葉が生まれ、どこかギスギスした今の世の中でも十分通用する重みを持っている。
ちなみに映画は、杜丘がセスナを操縦して東京に舞い戻ったり、新宿で警察に囲まれピンチのところをサラブレットの大暴走に救われたりと荒唐無稽なアクションがてんこ盛り。娯楽活劇の本作が、なぜ中国で熱狂的に支持されたかといえば、勧善懲悪的なストーリーが文化大革命後の人々の心を捉えたのだとか。信念を持って生きる健さんの姿は、今もなお多くの観客の胸に残っている。
ところで、健さんが北海道のシーンで乗る列車は、以前このコラムで取り上げた映画「結婚 佐藤・名取御両家篇」(1993年)にも登場した日高線(ロケ時は国鉄)。彼が降りた西様似駅周辺には丸太が積み上げられているけれど、この地域には終戦まで森林鉄道が走り、現在も製材工場の貯木場があるそう。日高線の鵡川―様似間は高波被害で2015年から不通となり、廃線の見込み。わずかなシーンに映るありふれた光景に、どうしようもない懐かしさがこみ上げる。

ライター、ZINE「映画と握手」発行人。「君よ憤怒の河を渉れ」はジョン・ウー 監督によってリメイクされ、福山雅治&チャン・ハンユー W 主演「マンハント」(2017 年)として公開されました。また、西村寿行の原作映画はサロベツロケ「犬 笛」(1978 年)、標津・厚岸ロケ「黄金の犬」(1979 年)、大雪山系・層雲峡ロケ「化 石の荒野」(1982 年)もあります。