1998年(監督:岩井俊二)
ロケ地:北見(留辺蘂)、旭川

この春、何人の若者が北海道から旅立つのだろう。進学や就職など事情はそれぞれだろうけれど、知らない土地で新生活を始めるドキドキ感は変わらない。私も経験したあの胸の高鳴りを、そっとすくい上げた映画が「四月物語」だ。
まだ雪の残るローカル駅のホーム。物語は、東京・武蔵野の大学に通うことになった主人公・楡野卯月(松たか子)が、家族(松本白鸚さんら本当のご家族が総出演!)に見送られるシーンから始まる。別れの場面はあっという間で、桜舞う春の風景に切り替わると、アパートへの引っ越し作業がスタート。騒がしいサークルの勧誘、退屈な入学式、クラスメイトとの自己紹介……。憧れのキャンパスライフがめまぐるしく展開するも、卯月はどこか心ここにあらず。それもそのはず。実は彼女がこの大学を選んだのは、人に言えない、ある秘密があった。
ずっと気になっていたのに観そびれていた本作。最近観て、冒頭に登場する駅舎に「るべしべ」の看板を見つけて驚いた! ところが、映画のエンドロール・撮影協力に「北海道」の文字は見当たらず、市民グループ・NPO法人「北の映像ミュージアム」(札幌)の北海道ロケ作品リスト(2021年発行「シネマてくてく」より)にも記載がない。試しにJR北海道の広報に問い合わせたところ、直近の留辺蘂駅の写真とともに「記録はないけれど、おそらく映画のセット用では」との回答をいただいた。念のため、公開時のパンフレット(ミニ冊子が5冊セットの豪華版!)も取り寄せたけれど、道内で撮影された記録は見つけられなかった。
というわけで、おそらく道外の駅を北海道の「るべしべ駅」に見立てて撮影したのだろう(ちなみに、パンフレットに収録されたシナリオには「北国のプラットフォーム」とあった)。とはいえ、初々しい松さん演じる卯月が「北海道旭川出身です」と口にするシーンもあり、東京で一人暮らしを始めた道産子学生の〝冒険〟をみずみずしく描いた、北海道ゆかりの1本として私の心には刻まれた。
細かいことだけれど、道民として引っかかるのは、オホーツクに位置する「るべしべ」(現北見市)を旅立った彼女が、道北の街・旭川出身と話すところ。確かアパートの隣人にも「旭川の豆」(=旭豆?)を手渡していた。本作の3年前に小樽ロケ「Love Letter」(本コラム12回目で紹介)を撮った岩井俊二監督のことだから、安易に地名を出したわけではないはず。となると(オホーツク地方の方には申し訳ないが)、彼女の見栄から出たウソだろうか。大都会に対する彼女のささやかな虚栄心を、そんな形で表現しているとすれば、何とも微笑ましい。
本作が公開された1998年3月、私は高校進学を控える15歳だった。あの頃なら故郷を離れる女子学生に共感しただろうが、今はつい、駅のホームに立つ母親の心境に思いを馳せてしまう。いつか同じ状況を迎えた時、私は笑顔で我が子を見送れるだろうか……ちょっと自信がない。
文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。本作でちらっと出てきた旭川銘菓「旭豆」は、若き吉永小百合さんが出演する旭川ロケ「疾風小僧」(1960年、西河克己監督)にばっちり登場します。道内ロケはありませんが、沢田研二さん主演「土を喰らう十二ヵ月」(2022年、中江裕司監督)の松たか子さんも素敵でした!
