1993年(監督:恩地日出夫)
ロケ地:

「浦河の大黒座」といえば、昨年創業100周年を迎えた道内最古の老舗映画館だから、ご存じの方も多いだろう。1918年、富山県から移り住んだ大工・三上辰蔵氏が建てた演芸場が始まりで、ひ孫に当たる三上雅弘さんが4代目館主を務めている。同じ年に札幌で始まった芝居小屋を起源とする「スガイディノス札幌中央」が惜しくも先月閉店したけれど、全国的にスクリーンがどんどん消える中、小さな町で親子4代続くこの館は〝存在そのものが奇跡〟といわれている。
「結婚 佐藤・名取御両家篇」は、そんな名物劇場が実名で登場する〝幻〟の作品。というのも、DVD化されておらず、中古ビデオでしか見ることができないのだ。「結婚」をテーマにしたオムニバス映画3本立てのうちの1本で、監督は、本作を担当した恩地日出夫のほか、鈴木清順、長尾啓司が名を連ねている。
主人公は、北の港町で細々と映画館を営む朝子(名取裕子)。幼なじみの裕一(佐藤浩市)や彼の連れ子と家族同然に付き合う彼女は、秘かにある男性を待ち続けていた。ところがある日、長い恋は終わりを告げる。彼女は閉館を決意し、最後に開催した無料上映会のステージに裕一が現れる…というのがクライマックスだ。
「大黒座」という名前も建物も劇中でそのまま使われているため、まるでドキュメンタリーのような印象を受けるけれど、もちろんフィクション。だがロケの後、道路の拡幅工事によって大黒座は本当に閉館を余儀なくされてしまう。1994年5月、解体直前の劇場で最後に無料上映されたのはなんと本作だったというから、ドラマと現実の奇縁を思わずにいられない。それでも嬉しいのは、雅弘さんと父で3代目の故・政義さん親子が、ここで辞めずに存続の道を選んだこと。48席のミニシアターとなった現・大黒座には、220席あった頃にロケされた本作のビデオテープが大切に保管されているそうだ。
「初めて映画を観に行ったのは浦河の大黒座でした」という投稿がこのコラムにあったけれど、1世紀余り続く劇場ならば、きっとさまざまな思い出の舞台にもなっていることだろう。映画館は、ただ映画を見る場所ではない。映画のワクワクやドキドキを暗闇の中で大勢と共有する特別な空間であり、いつ・誰と見たかまでもが思い出に残る記憶装置なのだ。学生時代に通った帯広の劇場はもうない私には、コメントくださった方がひどく羨ましい。と同時に、今を生きる映画ファンとして前を向こう、とも思う。そうして私は、身近な映画館や自主上映会にせっせと通っている。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ)
ライター、ZINE「映画と握手」発行人、NPO法人「北の映像ミュージアム」スタッフ。函館ロケ「居酒屋兆治」のZINEがようやく完成しました。モノクロ版は札幌・キノカフェ、函館・シネマアイリス、音更・THE N3 CAFÉで配布中です!
「結婚(マリアージュ)」をテーマにした創作料理が味わえる「シネマな浦河フェア」が、センチュリーロイヤルホテルで7月末まで開催中です。会場では、私の「映画と握手」ミニZINE「結婚」編も配布しています。よければお手に取ってみてください。
