2006年(監督:根岸吉太郎)
ロケ地:帯広、上士幌

「馬が出る映画を集めた〝馬映画祭〟をやりたい!」と映画好きの先達が言っていたけれど、もし開催するなら絶対に上映してほしい1本が、「雪に願うこと」。今や世界で唯一の開催地となった十勝・帯広で行われている「ばんえい競馬」を軸にした人間ドラマだ。
主人公は、十数年ぶりに故郷・帯広に戻った学(伊勢谷友介)。ばんえい競馬場で厩舎を経営する兄・威夫(佐藤浩市)のもとを突然訪ねた彼は、東京で羽振りの良い暮らしをしていたはずなのに無一文の様子……実は、事業に失敗し、仕事も家族も失っていたのだ。とはいえ、貧しい田舎を恥じ、家族と縁を切っていた彼を、威夫は優しく迎えることはできない。ひとまず厩舎で働くことになった学は、厩務員や賄い担当の晴子(小泉今日子)、そして、落ちこぼれのばん馬・ウンリュウと出会うのだった。
明治の終わり頃、農耕馬を使って農民が楽しんだお祭りをルーツとする「ばんえい競馬」。騎手は馬ではなくソリに乗り、馬は数百キロ以上もあるソリを曳きながら障害を越える。ソリの最後端が通過しないとゴールにならないというルールは、荷物を運びきることを目的とした競技であることに由来するそう。私も何度か観戦したことがあるけれど、ばん馬の迫力と躍動感、観客が馬と一緒にゆっくり移動しながら応援するあの一体感は独特だ。原作は、帯広在住の作家・鳴海章の『輓馬』。挫折した若者の苦悩と再生を、映画では舞台となった十勝の空気感や馬の生命力と共に力強く描いた。
2012年に札幌プラザ2・5(現・サツゲキ)で行われた上映イベントで、根岸吉太郎監督は「朝4時頃、撮影の準備に入ると、遠くから近づいてくる馬たちが、まるで湯気の塊のように見える。ばん馬の巨体は機関車のようで、そういう生き物の力強さをカメラに収めたいと思いました」と語っていたけれど、確かに、白い息を吐く馬たちが、全身から湯気を立ち昇らせる早朝の調教風景は、幻想的で美しい。
劇中、騎手として活躍しながらも多額の借金を残して失踪した父を持ち、同じ騎手の道を選んだ牧恵(吹石一恵)が、旧国鉄士幌線の「タウシュベツ川橋梁」を訪れるのも見どころだ。ダム湖の水位で見え隠れすることから“幻の橋„と呼ばれるコンクリート製のアーチ橋は、1937年の完成から80年以上経ち、年々風化が進んでいる。2011年、函館港イルミナシオン映画祭でお会いした脚本の加藤正人さんは、思い出深いロケ地にこのタウシュベツ川橋梁を挙げ、「単なる背景ではなく、不安定な存在、でも、楽しい思い出もある父親への思いを描く心象風景として登場させました。……そこに至るまでに非常に時間が掛かったのですが。作品制作は3年、脚本も30回以上書き直したんですよ」と明かしてくれた。
「挫折と再生」のテーマでいえば、映画の公開時、「ばんえい競馬」は実際に存続の危機にあった。道内4市の季節巡業から一転、帯広市の単独開催という新体制に舵を切ったのは2007年のこと。人と馬が織りなす再起の物語が、当時の関係者やファンに大きな勇気をもたらしたことは、想像に難くない。
文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。「馬映画祭」の仮想ラインナップ、「雪に願うこと」のほか、「馬喰一代」(1951年、木村恵吾監督)、「遙かなる山の呼び声」(1980年、山田洋次監督)、「あいつに恋して」(1987年、新城卓監督 ★未ソフト化)、「優俊 ORACION」(1988年、杉田成道監督)、「銀の匙 Silver Spoon」(2014年、吉田恵輔監督)、ばんえい競馬も題材としたドキュメンタリー「馬ありて」(2019年、笹谷遼平監督)…と、北海道ロケ作だけでもたくさん思いつきます。HBCドラマ「ばんえい」(1973年、演出:守分寿男)もぜひ盛り込みたい!
