2007年(監督:小林政広)
ロケ地:苫小牧

なんてロマンチックな響きだろう。「愛の予感」。ところが、この映画に甘いムードは一切ない。あるのはむしろ、憎しみ、悔恨、孤独。それなのになぜ、このタイトルをつけたのか。
登場するのは中年の女性(渡辺真起子)と男性(小林政広)、ほぼ2人きり。個別インタビューを受けている冒頭シーンで、女性の方は14歳の娘が同級生を殺害したこと、つまり加害者の母親で、一方の男性は殺された少女の親、つまり被害者の父親だと分かる。「会って、お詫びがしたいんです」と懇願する女と、「会いません。顔も見たくないです」と拒絶する男。世間から身を隠すように、息をひそめて生きる2人は、北海道の地方都市で思いがけず出会っていた――。
と聞くと、ドラマチックな展開を期待するかもしれない。けれど描かれるのは、寂れた下宿でまかないを担当する女性と、その宿から鉄工場に出掛ける男性の静かな日常だ。ちょっとした会話もない。音楽も流れない。ところが、淡々とした描写とは裏腹に、私の心は乱れていく。2人は互いの存在に気づいているのか? とすれば、彼女の作った飯を食べる男の心境は……。愛の予感? そんなこと、許されるわけがない。いや、そう言い切れるのか。2人は一体、何を考えているのか?
緊張と不安がひしめく中、ふと目を引くのが、遠くにそびえる巨大煙突だ。赤と白のツートンカラーが印象的なそれは、王子製紙苫小牧工場の建造物。「フリック」(2004年)「バッシング」(06年)、そして本作といった小林監督の苫小牧ロケ作をはじめ、「スマイル 聖夜の奇跡」(07年)「そして僕は途方に暮れる」(2023年)など、苫小牧をメイン舞台にした現代劇には必ず映し出される、町のシンボルだ。
映画の煙突で思い出すのは、「煙突の見える場所」(1953年)の〝お化け煙突〟だろうか。あちらは東京・下町にあった名物として郷愁を誘うのに対し、苫小牧の煙突は現役ランドマーク。昼も夜も煙をたなびかせる姿は、工業都市の威容を誇るようでもあり、そこで働く人々の息遣いを感じさせてもくれる。
本作の公開時、苫小牧の映画館シネマ・トーラスで小林監督は、苫小牧の魅力を「登場人物の心象風景に近く、自分自身の想像力がかき立てられる。無国籍な雰囲気も好き」と話したそう。大自然が広がる北海道はロケ地に選ばれることも多いけれど、小林監督が好んだのは、荒涼とした原野と工場が立ち並ぶ街並み。飾り気のない土地は、絶望を抱えた男女が流れ着くのにふさわしく、ラストシーンの先をそっと見守ってくれる気もする。小林監督の公式サイトによると、テーマは「再生(rebirth)」。
「愛の予感」と言えば、札幌にあった名画座・蠍座が、2014年の閉館時に「思い出の1本・日本映画の部」として上映したのが、本作だった。『札幌の映画館〈蠍座〉全仕事』(2016年、寿郎社)で最後の「蠍座通信」を読み返したところ、「小林政広監督の一番すぐれた仕事であると同時に、2000年以降つくられたあらゆる日本映画のうち最も創造性ある個性的な映画だと断言できる。驚くべき映画だった」と、館主の田中次郎氏がつづっていた。数ある日本映画の中から、この無骨な作品を選んだ審美眼にうなりつつ、あの時私は、本作のヒリヒリした痛みと共に、大好きなミニシアターに別れを告げたのだった。
文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。小林政広監督の苫小牧ロケ映画は、本文で触れた作品のほか、「幸福 Shiawase」(08年)「春との旅」(2010年)もあります。苫小牧のシンボル・巨大煙突はNetflixオリジナルドラマ「僕だけがいない街」(2017年)にも印象的に登場します。
