1973年(監督:中村登)
ロケ地:和寒、旭川、夕張

今年生誕100年を迎える旭川生まれの作家・三浦綾子(1922-99)。彼女原作の映画は、文壇デビュー作「氷点」(1966年、山本薩夫監督)を皮切りに、「われ弱ければ 矢嶋楫子伝」(2022年、山田火砂子監督)まで6本。さらに現在、十勝岳噴火をモチーフにした「泥流地帯」「続 泥流地帯」の映画化プロジェクトが上富良野で進められている。「氷点」はこのコラム11回目で取り上げさせていただいたが、今回は、三浦の創作活動を支えたパートナーの光世さん(1924-2014)が「正に名画」と絶賛されていた「塩狩峠」をご紹介したい。
タイトルはJR北海道宗谷本線の名寄と旭川の間に実在する場所。1909(明治42)年2月28日、その峠を上る最後尾の客車の連結器が外れて逆走、勾配を下って暴走する中、線路の下敷きとなって乗客を救った男がいた。鉄道職員の長野政雄氏である。熱心なクリスチャンで、その日も休日を利用した伝道の帰りだったという長野氏をモデルに、三浦の小説は生まれた。
原作は、耶蘇(キリスト教)嫌いの祖母に育てられた主人公・永野信夫が、なぜクリスチャンとなり、塩狩峠で身を投じるに至ったかを丁寧に追う。一方、映画では、親友の妹・ふじ子(佐藤オリエ)と結納を交わすため列車で移動する信夫(中野誠也)が、塩狩峠で事故に遭遇するまでの〝現在〟と、肺結核とカリエスで寝たきりとなったふじ子との再会、信夫の献身的な励ましによる回復、婚約までの〝これまで〟が同時進行で描かれる。
困難に打ち勝ち、求め合う2人の姿が美しいほど、塩狩峠で迎える結末が恐ろしく、列車が進むにつれ緊張感が高まっていく。信夫が彼女を見舞うシーンで、輝くつららが映し出されるなど冬の北海道の情景が効果的に生かされるのも見逃せない。
モデルの長野氏に関する資料はほとんどなかったため、多くは三浦の創作だったと光世さんは「三浦綾子創作秘話」(2006年、小学館文庫)で説明。特にふじ子の存在は「自分たちを基にした」ことを、三浦夫妻が朝日新聞北海道支社の取材に「はにかんで」明かしている(1979年連載「映画・北の舞台」より)。
確かに、13年の闘病中にキリスト教に目覚め、受洗したという三浦の経歴はふじ子と重なる。だからだろうか、病床の彼女が押し花に喜ぶ場面など細やかな心情が真に迫る。ふじ子が塩狩峠を訪れるラストシーンでは、映画ならではの奇跡が起き、佐藤オリエの前向きな表情も相まって、原作とは違う明るい余韻を残す。
「中村登監督のもと、(主人公)中野誠也、(親友の吉川役)長谷川哲夫、(同僚の三堀役)新克利の諸氏が名演技を見せた」と「創作秘話」で回想した光世さんは「特にふじ子役の佐藤オリエが実に光っていた」と続けた。この文章は2000~01年に刊行された「三浦綾子小説選集」に付けられた。映画公開から30年近く経ち、三浦の死後にまとめられたものだと考えると、光世さんにとって出会った頃の妻を彷彿とさせる役どころに強く感じ入る面があったのでは…と思いを馳せてしまう。節目の年、三浦文学の魅力とともに、二人三脚で物語を生み出し続けた夫婦の絆の深さに、改めて圧倒される。

イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。札幌ゆかりの彫刻家・佐藤忠良を父に持つ佐藤オリエさんは、お父様が幼少期過ごされた夕張を舞台にした児童映画「ユーパロ谷のドンベーズ」(1985年、熊谷勲監督)に出演し、気丈な母親役を好演されました。VHSで拝見したところ、とても素敵な作品で、いつかご紹介したい! フィルムはあるようですが、広く鑑賞できるよう、DVD化や動画配信を熱望します。