1958年(監督:佐々木康)
ロケ地:江別


美空ひばりが、ミュージカル映画の撮影で北海道を訪れていた! ということをご存じの方は、どのくらいいるのだろう。私はにわかに信じられなかった。この映画を観るまでは。
「希望の乙女」は、歌手を夢見る無名の少女が、北海道から単身上京し、持ち前の明るさと歌のセンスでスターダムにのし上がるサクセスストーリー。主人公・美原さゆりを演じる美空は当時21歳。はつらつとした歌や演技が堂に入っているのは、この時すでに映画出演90本超という芸歴ゆえだろう。本作は、戦後11歳で芸能界デビューした彼女の芸能生活10周年記念企画。まだ新人だった高倉健がサックス吹きの丈二というさわやかな役で登場し、ロマンスのお相手となる(ダンスも踊ります♪)ほか、ベテラン俳優・山村聰が作曲家・月村を演じて脇を固める。さらに、男性4人の人気ボーカル・グループ「ダーク・ダックス」も出演し、得意のコーラスで物語を盛り上げる。
北海道シーンは冒頭5分ほどだが、実際に江別の旧町村農場で撮影された。助監督を務めた相野田悟氏は、北海道の地元紙への寄稿で「物語の発端である牧場には、少女の夢をはぐくむのに理想的な素晴らしい環境と雰囲気をもつ、この江別の牧場を選定しました」と回想。「青く澄みきった空、大草原を渡る風、北海道ならではの大自然の姿は、ひばりちゃんの明るい伸びやかな性格に実によくマッチしたと思います」と振り返っている。
もう65年以上前のことだから望みは薄いと思いつつ、江別市役所に問い合わせたところ、現在は市の観光施設となっている「旧町村農場」を紹介された。電話すると「古いロケ写真は展示しています。美空ひばりの映画ではないようですが…」との回答。そこで11月の初め、現地に足を運んでみた。
江別の町村農場といえば、直営店「ミルクガーデン」を連想するかもしれないが、「旧町村農場」はそこから石狩川をはさんで南東側、いずみ野という住宅街の中にある。1917(大正6)年に石狩で開設した同農場が、新しい土地を求めて1928(昭和3)年に移転したのがここ(当時は江別町対雁)。現在地(江別市篠津)に移るまでの約64年間、先駆的な酪農・畜産を実践した〝原点〟といえる場所だった。

お目当てのロケ写真は、旧町村邸の展示室に飾られていた。2枚あったが、それぞれに写っていたのは戦前の大スター・入江たか子と昭和の喜劇俳優・森繁久弥。撮影年などから考えて、前者は北海道出身の女流作家第1号・森田たまの小説を山本薩夫監督が映画化した「リボンを結ぶ夫人」(39年)、後者は野村芳太郎監督のコメディー映画「花嫁募集中」(56年)と思われる。
がっかりしつつ、西原信一館長に挨拶したところ、「そういえば、自治会の集まりで『美空ひばりが来たんだぞ!』と話していた方はいました」と教えてくれた。せっかくなので本作の江別シーンをお見せすると、「背景に映るサイロは今もありますよ」と嬉しいリアクション。案内された駐車場のそばには、確かに映画と同じ2棟のサイロが建っている! 隣接する第一牛舎を含め、ロケ時からここにあったという。
秋晴れのこの日、敷地内に立ち並ぶハルニレやイチョウは美しく色づき、幼子を連れた若い家族や高齢のご夫婦が散策を楽しんでいた。思いがけず〝映画の風景〟と出合えた私は、「ここに、あの美空ひばりさんが来たんですよ!」と心の中で彼らに話しかけ、一人興奮を噛み締めた。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。「旧町村農場」は昭和30年代、実に7本の映画ロケが行われたそうです! 現在の「旧町村農場」は昨年リニューアルされたばかりで、冬場も開館(※第一牛舎などは11月24日~4月28日まで休館)。観覧無料、年末年始(12月29日~1月3日)・月曜は休館です。詳細は公式サイトをチェックください。
