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映画と握手 vol.65
映画と握手
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65

家族

  • 公開|1970年
  • 監督|山田洋次
  • ロケ地|中標津、函館
公開:2024年5月20日

  いよいよ2025年4月、日本国際博覧会(大阪・関西万博)が開幕する。55年ぶりの大阪開催として話題だが、前回の1970年、大阪万博に熱狂する日本で作られた映画が、「家族」だ。

 主人公は、長崎・伊王島での炭鉱勤めを辞め、北海道で酪農開拓に挑戦しようとする風見精一(井川比佐志)。最初は反対していた妻・民子(倍賞千恵子)だが、決意の固さを知り、一緒についていくことに。老父(笠智衆)と2人の幼子を連れ、日本を北へ北へと向かう家族5人を追うロードムービーである。

 船や電車を乗り継ぐ中、せっかくだからと立ち寄るのが、大阪万博会場だ。あの「太陽の塔」がそびえ、大勢の人でごった返すゲート付近が映る。

 「人類の進歩と調和」をテーマに世界77カ国が参加し、6400万人以上の入場者が押し寄せたという大阪万博だが、カメラは、一大イベントに来た興奮より、都会の騒がしさに疲れ切る民子の表情を捉える。しかも、よりによって故郷・伊王島で金を借りたチンケ(花沢徳衛)と遭遇。守銭奴の彼の怒りを買い、民子がとっさに切る啖呵(たんか)がスゴイ。

 「ここは〝人類の進歩と調和〟の万博会場やろが! あんた、それでも日本人ね!?」

 何とも苦笑いの展開だが、直後に彼女を襲う衝撃的な出来事を思うと、複雑な思いがこみ上げる。放心状態のまま、北海道へ渡る青函連絡船を待つ民子。ちなみに、この時なんだかんだと話しかける男性が、「寅さん」でおなじみの渥美清。悲劇と喜劇が混然となる山田洋次映画ならではの場面である。

 「彼等の喜びと悲しみを共に体験しながら、日本の国を、日本人を考えてみたい」と山田監督は演出意図についてコメントしているが、各ロケ地に暮らす市民を巻き込んだドキュメンタリー的撮影も功を奏している。たとえば、精一の無理な要望に淡々と対応する市役所職員や、列車内で話す東北弁の農協関係者など、わずかなシーンに登場する彼らの存在が、この旅路を一層リアルにしているのだ。

 それにしても、わずか数日の間に幾多の困難に見舞われるこの家族を見ていると、「そこまでして、なぜ北海道に…」と言いたくなってくる。実際、約3000キロの大移動を終え、中標津に到着した精一は、「なんでこげん無茶なことを…」と涙ながらに漏らす。けれど、思いがけない苦しみは、生きていれば誰もが経験し得ること。新天地を求めた彼らを、一体誰が責められるだろう。

 山田監督の要望で、本作の試写会はまず、長崎・伊王島で開かれたそうだ。すると終盤、精一が涙する先の場面で、客席からこんな言葉が飛び出した。

 「どこに行っても、同じじゃろうが!」――。それはまだ島の炭鉱が閉山する前で、劇中で風見一家が去った炭鉱街で実際に働く人の叫びだったと、山田監督は2005年のインタビューで振り返っている。

 試写会は当時、中標津でも行われたそうだが、そちらの反応はどうだったのだろう。そして今、万博のニュースに再び沸くこの時代に、劇場で「家族」を観たら……。映画のラストは6月。待ちに待った春、北海道で生きる希望をみいだす風見一家の喜びを、私は素直に受け取ることができるだろうか。

文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。映画「家族」の準備中、山田洋次監督が別海の農民作家・玉井裕志さんと出会ったことが、次作「遙かなる山の呼び声」誕生につながったことは2022年10月号でご紹介しました。23年のドラマ版「遙かなる山の呼び声」まで、常に日本・家族の今と向き合い、明るさを忘れない山田監督に心から拍手を送りたいです!
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