2020年(監督:瀬々敬久)
ロケ地:美瑛、上富良野、帯広、南富良野、 幕別、函館、札幌、旭川

中島みゆきの歌と私が〝出会った〟のは、社会人になりたての頃だった。「時代」「ファイト!」「悪女」――。先輩社員がカラオケで歌う、語り掛けるような独特の歌詞と力強いメロディーに引かれ、励まされたのは、大人として働き始めた当時の自分に歌が響いたからだろう。出会いにタイミングが大切なのは、歌も、人も同じかもしれない。映画「糸」は、1998年にリリースされた中島みゆきの同名曲に着想を得た物語。テーマは「めぐり逢い」だ。
主人公は平成元年生まれの漣(菅田将暉、中学生時代の子役:南出凌嘉)と葵(小松菜奈、同:植原星空)。美瑛の町で育った2人は、中学生の時に初恋同士となるも、ある事情から離れ離れになってしまう。その後、成長し、地元のチーズ工房で働くようになった漣は、葵と再会。けれど彼女は、すでに別の道を歩き始めていた。それから10年後、再びめぐり合うチャンスが2人に訪れる。奇しくもそれは、平成最後の年となる2019年のことだった……。
モチーフとなった歌詞は、「糸」を「あなた/私」に見立て、人と人が出会う奇跡と希望を綴るもの。曲自体は5分余りの長さだが、過去、未来、そして運命を連想させるスケール感があり、何度聞いても涙がこみ上げそうになる。映画では、そうした世界感をドラマチックに体現する一組の男女の歩みと共に、激動の平成史を描く。貧困やバブル崩壊、アメリカ同時多発テロ、リーマンショック、東日本大震災といった出来事に揺れる人々を、北海道の自然豊かな情景が優しく包み込むのも見どころだ。
出会いにタイミングがあるのは、映画も同じだろう。私が子どもの時に本作を観ていたら、大人の都合に振り回される中学生時代の主人公カップルを応援したかもしれない。20代の時に観ていたら、東京、沖縄、そしてシンガポールと、世界を飛び回る葵に憧れたかもしれない。けれど、子育てに奮闘する30代の時に本作を観た私にとっては、漣と結婚したチーズ工房の先輩・香(榮倉奈々)が最も近しい存在に思えた。かつて別の人を愛し、深く傷ついた過去を持ちながら、優しい漣とめぐり合えた女性。可愛い娘を授かったものの、病に侵されてしまう彼女……。思い通りにならない人生をどう生きるか。主人公を取り巻く人間模様もまた、かけがえのない〝糸〟なのだと実感する。
歌といえば、香と、漣の幼なじみの直樹(成田凌)が、それぞれに「ファイト!」を熱唱するシーンも印象的だった。また、「時代」の中国語バージョンもある場面に流れ、波乱の展開を盛り上げる。ちなみに、葵の叔父を演じた竹原ピストルはフォークシンガーとしても活躍。彼のカバーする「ファイト!」が私は大好きなので、短い出演ながら目を引いたことも付け加えたい。
さて、本作の公開は2020年8月。実はその年の4月に封切り予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期された。人との接触が厳しく制限されたあの頃、愛と絆の大切さを描くこの映画は、観客の胸にどう響いただろう。中島みゆきが紡いだ歌詞のように、誰かを暖めたり、傷をかばう〝布〟になり得たなら、こんなに嬉しいことはない。

文&イラスト 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。ヒット曲から生まれた北海道ロケ作品といえば、以前に本コラムでもご紹介した映画「硝子のジョニー 野獣のように見えて」(1962年、蔵原惟繕監督)や「ハナミズキ」(2010年、土井裕泰監督)があります。動画配信サイト・Netflixのオリジナルドラマ「First Love 初恋」(22年、寒竹ゆり監督)も忘れられません。