1966年(監督:山本薩夫)
ロケ地:旭川

秋も深まる10月半ば、家族を誘って旭川へ行ってきた。この地が生んだ作家、三浦綾子(1922~99年)の功績を伝える「三浦綾子記念文学館」を再訪するためである。文学館は、彼女の代表作「氷点」の舞台となった外国樹種見本林の入口に建つ瀟洒(しょうしゃ)な洋館だ。
「氷点」は1964年、朝日新聞社の懸賞小説に入選し、三浦が文壇デビューした作品。物語は、見本林のそばに住む病院長・辻口啓造が娘のルリ子を殺される悲劇から始まる。美しい妻・夏枝の逢引き中に起きた事件と疑う辻口は、なんと〝犯人の娘〟という幼子を養女にする。何も知らない夏枝はその子を「陽子」と名付けて溺愛するも、ある時夫の復讐心を知って愕然とし、以来彼女に辛く当たるようになる。葛藤を抱えた家族の中で、健気に明るく成長した陽子の運命をたどるセンセーショナルな内容である。映画は夏枝役を若尾文子、陽子役を新人だった安田道代(現:大楠道代)が演じた。
作品のテーマが「人間の原罪」にあることは理解できるけれど、クリスチャンではない私には馴染みにくい感覚でもあると白状したい。とはいえ、久しぶりに原作を手にしたらすぐ引き込まれ、一晩で読破した。何度も映像化されブームを巻き起こしてきた本作は、誕生から半世紀以上を経た今も読み手を揺さぶり、魅了する力を持っている。
そんな三浦文学の魅力をもっと身近に感じてもらおうと、文学館では多彩な取り組みを実施。開館20周年の昨年は、三浦邸の書斎を移築復元し、分館として開業した。5年ぶりだった私にはこの分館が新鮮で、三浦が夫の光世さんと口述筆記したという机に感じ入るものがあった。というのも実は5年前、私は光世さんと文学館でお会いしたからである。分館スタッフの方によれば、光世さんは毎日、午前中は文学館で過ごし、来館者と話すのが日課だったそう。幸運にも私はその一人となったわけだ。綾子さんとの思い出を穏やかな表情で話してくださった光世さんが亡くなったのは、それから5か月後のことだった。
そんな記憶を反芻しながら、書斎を囲むように展示された「氷点」の解説パネルや創作資料、オープンしたばかりのカフェコーナー「氷点ラウンジ」を見ていると、3歳の娘が「おかあさん、はやく行こうよ!」とせがんできた。生返事をするとプリプリ怒り、出ていこうとするので慌てて追いかける。その瞬間、娘の姿が「氷点」のルリ子と重なった。この世で最も大切な命を理不尽にも奪われたとき、思いがけず身近な人に裏切られたとき、私は夏枝と同じ行動を取らないと果たして言えるのだろうか…。
黄色く色づき始めた見本林を娘と歩く。夏枝から出生の秘密を暴露された陽子は、罪ある血が自分にも流れていると知り、美瑛川の畔で服毒自殺を図る。2月にロケされた映画のこのシーンは、陽子の絶望を投影し、雪氷で覆われた見本林が寒々しく、冷気が画面から流れてくるようだった。北海道に住む者にとっても、冬は受難のときだけれど、三浦が用意した衝撃の結末、そして「続・氷点」で描かれたその後の物語を思うと、同じ風景も違って見えるから不思議なものだ。平坦とは言えない人生を歩みながら、生涯旭川を離れなかった三浦は伝えたかったのだろう。どんなに冬が長くても、必ず春は来ることを。寒さが厳しいだけ、花が咲く喜びは深いことを。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ)
札幌在住のライター、ZINE「映画と握手」発行人。12月13日公開のアニメーション映画「ぼくらの7日間戦争」は旧住友赤平炭鉱の立て坑が舞台のモデルだとか。ちなみに1988年実写版の菅原浩志監督は札幌出身。主演した宮沢りえがアニメ版に声優として特別出演しています!