1957年(監督:五所平之助)
ロケ地:釧路、札幌

気に入った小説に出会うと、映画化するなら誰をキャスティングしたいか夢想するクセがある。それは作家も同じようで、原田康子さんは自身の出世作「挽歌」の映画化に際し、「(ヒロイン)怜子が久我美子さん。(相手役の)桂木さんが森雅之さん。桂木夫人は...ちょっとわからない」とイメージを語ったらしい。その望み通り、当時の日本映画界を代表する2人が共演し、桂木夫人役にスター女優・高峰三枝子を迎えた映画「挽歌」は、日本中で一大ブームを巻き起こした。
私は6年前、札幌の自主上映会で観たけれど、強く印象にあるのはモノクロで映し出された昭和30年代のモダンな釧路の街並みと、ボーっと響く霧笛の音。そして、白樺林の美しさだ。あのロマンティックな霧の街を舞台にどんな物語が繰り広げられたのかと原作を読み返したら、孤独な青春を過ごす主人公・兵藤怜子(久我)が中年の建築家・桂木(森)と妻あき子(高峰)の崩れかかった夫婦生活を知り、好奇心から近づいた結果、それぞれと親しくなり愛の葛藤に苦しむ...という複雑なメロドラマだった。
あらすじを追うとドロドロした三角関係にも聞こえるが、小説も映画もそんな雰囲気はなく、むしろ上品で繊細。とりわけ、若さゆえの残酷さとキュートさを併せ持つヒロイン・怜子が大人の世界に触れる驚きと喜び、そして哀しみは普遍的で、映画で演じた久我の魅力も相まってセーターにパンツ姿の怜子スタイルが大流行したという。セーターといえば、北海道ロケは公開年の6月に4週間ほど行われたが、道東特有の寒さから久我は「初夏なのにセーターを着込んで冬支度」したそう。最後に美しい死に顔を見せる高峰も「スタッフからウイスキーをもらってガブガブ飲み、やっと体が温まって本番になった」と裏話を明かしている。
そんな厳しい北の風土から生まれた「挽歌」は長く愛され、1976年にも河崎義祐監督で再映画化。注目の配役は怜子=秋吉久美子、桂木=仲代達矢、桂木夫人=草笛光子で、こちらは釧路のほか風蓮湖や野付半島でもロケされた。テレビドラマ化も多く、倉本聰が脚本を担当した1971年版では木村夏江、佐藤慶、小山明子が出演。今映像化するなら誰が怜子にふさわしいだろう...そんな妄想を膨らませるのも面白い。
ところで、原田さんに続き、今の釧路を代表するもう1人の女性作家・桜木紫乃さんは14歳のとき初めて読んだ小説が「挽歌」だという。札幌の上映会で登壇した彼女は「何気なく目にしていた町の景色が違って見えた」と読後の衝撃を振り返っていた。その小説体験が直木賞作家の誕生につながったとすれば、文学と土地が持つ力を思わずにいられない。そしてこの冬には、桜木さんの直木賞受賞作「ホテルローヤル」の映画化作品が公開予定。「挽歌」で〝さいはての国〟とされた釧路の街がどう描かれるのか。風景の見え方をガラリと変える物語の魔法を、今度も存分に味わいたい。
ライター、ZINE「映画と握手」発行人。原田小説の映画化作品は、1958 年の 函館ロケ「白い悪魔」(原作「夜の出帆」、斎藤武市監督、森雅之・野添ひとみ出演)、 1991 年の札幌ロケ「満月 MR.MOONLIGHT」(原作「満月」、大森一樹監督、 原田知世・時任三郎出演)も。が、「挽歌」含めどれも DVD 化されておらず、 特に「白い悪魔」は VHS もなし。いつかスクリーンでお目にかかりたい!