2020年(監督:武正晴)
ロケ地:釧路、札幌

子どもの頃、友達の家は〝未知の領域〟だった。間取りも生活スタイルも、自分の家とは違っていて、ちょっとしたカルチャーショックを受けたもの。
映画「ホテルローヤル」は、ラブホテルを実家とする女性・雅代を中心に、客と従業員らの人生模様をつづるオムニバスドラマ。原作は直木賞を受賞した釧路出身・桜木紫乃の自伝的小説で、桜木の両親がホテルを建てたのは彼女が10代の頃というから、どんな青春時代だったろうと想像してしまう。原作者を彷彿とさせる雅代を演じたのは、波瑠。彼女の表情が乏しいのは、男女の秘め事が持ち込まれる、やや特殊な環境で育ったことと無縁ではないだろう。
小説と映画、両方に久しぶりに触れて感じたのは、ほぼ同じエピソードを扱っているのに、受ける印象は対照的ということ。小説はクールで静謐な文体だが、映画の方は昭和歌謡が似合う情緒的な展開。色でたとえるなら、小説は淡い青とグレー、一方の映画は濃いオレンジだろうか。本作の前年にシーズン1が配信され、話題となったネットフリックスドラマ「全裸監督」の武正晴が監督を務めたので、もっとサバサバした仕上がりを予想していた私は、試写会できょとんとした記憶がある。
とはいえ、桜木作品の特色といえる〝地方で生きる女の強さ〟(と男の弱さ)は、映画の登場人物にもにじみ出ていたように思う。美大受験に失敗し、受け身の日々を送っていた雅代も、最後の最後にその片りんを見せ、さっぱりした表情が魅力的だった。公開時、札幌で行われた記者会見で、主演の波瑠が「1人の女性が自分の人生を肯定する瞬間を見届けてほしい」と語り、原作者・桜木も「『積極的に逃げる』ことは『前向き』と同義語だったんだと映像に教えられました」と話していたことを思い出す。
和商市場や幣舞橋、釧路港など、この作品に欠かせない釧路の街並みをしっかり映し出した上、メイン舞台となる「ホテルローヤルの一室」のセットはHTBのスタジオ内に設置。ホテルのボイラー室シーンも札幌・北海道青少年会館コンパスで撮影するなど、全編北海道にこだわった制作陣の姿勢も頼もしい。
その熱量に応えるように、北海道出身のキャストも奮闘。雅代の父を熱演した安田顕はもちろん、ホテル清掃員・ミコ(余貴美子)の連れ合いを演じ、昨年6月この世を去った斎藤歩も「足を悪くして働いていない、性欲旺盛な夫」というクセの強い役をひょうひょうとこなしていた。

2年前にお話を伺った時、斎藤は「余さんを背負った僕が坂を下り、ホテルの看板を見上げるシーンは武監督にとって大事だったようで、長めに撮影した気がします。エンドロールにも使われていました」と回想し、「出身地の釧路で映画が撮れたことが嬉しかったですね」と感慨深げだった。
この時斎藤は、原作者・桜木に初めて会った時、「どこかでお目にかかってませんか?」と聞かれ、「いいえ。でも、僕『ホテルローヤル』に出ています」と答えたという笑い話も聞かせてくれた。
本コラムの執筆をきっかけにそんな記憶をたどっていたところ、桜木が北海道の地元紙に寄せたエッセーで同じ出来事を振り返り、一周忌を迎えた斎藤を追悼していた。映画がつないだ不思議な縁に、胸がいっぱいになった。
イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。武正晴監督「全裸監督」シーズン1の始まりは、なんと1980年の北海道・札幌! 実際、主人公のモデルとなったAV監督・村西とおるさんも北海道で最初の商売を成功させたとか。ドラマの撮影は道内で行ってはいない模様ですが、予備知識なしで見た私はぶったまげました。
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