2018年(監督:三宅唱)
ロケ地:函館


函館を離れてもう15年が経つというのに、あの街のことが忘れられない。
理由の一つは、函館出身の作家・佐藤泰志(1949‐90)の小説を読み続けているから。彼が生み出した物語の数々を、函館の人たちが映画化し続けているからだ。本作は、「海炭市叙景」(2010年)、「そこのみにて光輝く」(2014年)、「オーバー・フェンス」(2016年)に続く、佐藤小説の映画化第4弾。佐藤にとって本格的な文壇デビューとなった同名小説を原作としている。
夜の函館。友達と街中で別れた主人公の「僕」(柄本佑)が、職場の同僚・佐知子(石橋静河)とすれ違うところから物語は始まる。
上司の男性と連れ立っていたはずの彼女から、こっそり合図された気がした「僕」は、こう自分に言い聞かせる。
「数を数えて120になったら消えようと考えた」。1、2、3、4、5……。数え切る前に、走って戻ってきた彼女の姿が暗がりのショーウィンドウに映し出される。
この冒頭場面、たった数分間に凝縮されたリズムと色気にしびれたら、そのままこの物語に身を任せればいい。「僕」と佐知子と、「僕」の友達・静雄(染谷将太)。気の合った若者3人が一緒に過ごす夏は、刹那的な楽しさにあふれている。
第1弾「海炭市叙景」に市民スタッフとして加わった縁から、本作の応援団にも名を連ねた私。札幌で行われた、三宅唱監督と本作プロデューサーで函館の市民映画館「シネマアイリス」代表の菅原和博さんによる記者会見に参加し、試写会でいち早く作品を観たのだけれど、その第一印象はそれほど良くなかったことを、正直に告白しておきたい。

というのも、小説は、ある衝撃的な事件で幕を閉じる。その印象が強かったものだから、男女の関係をひたすら追い続ける映画の展開に当初は少し困惑したのだ。原作とは決定的に異なるラストシーンも、胸にグッときたものの、消化不良の感が否めなかった。
ところが、そうした邪念がすっかり消えた今、真っさらな気持ちで観直してみると、何と魅力的で濃厚な映画だろう。20代の自由な時間を謳歌しつつ、言葉に出来ない思いを抱える3人。その孤独や不安が彼らの何気ない振る舞いや目線からひしひしと伝わってきて、青春をとうに過ぎた私の心を静かに揺さぶった。
原作で印象的な、なじみのマスターの店が、映画では函館の名物バー「杉の子」に置き換わっていた点も嬉しかった。劇中にちらっと登場する女性店主は、青井元子さん。初期から佐藤小説の映画化を応援してきた地元の方で、実際に店の2代目オーナーだ。私も大好きな店だけに、あのシーンを観るたび、どうしようもなく恋しくなる。
佐藤小説の映画化は、本作の後、2021年の「草の響き」(斎藤久志監督)へと続く。驚くべきは、シリーズ全5本が同じ街でロケされているにも関わらず、それぞれが全く異なる輝きを放っていること。佐藤文学と出合った時の新鮮な驚き、その舞台・函館に対する憧憬の念は、今も膨らみ続けている。

イラスト&文 新目七恵(あらため・ななえ) ライター、ZINE「映画と握手」発行人。「きみの鳥はうたえる」公開から7年後の2025年、映画配給などを行うテアトルシネマグループが新しいオリジナルグッズを販売して話題に。また今年6月、東京の名画座・キネカ大森では、「三角関係」をテーマに、本作と1962年のフランス・イタリア合作映画「アデュー・フィリピーヌ」の2本立てが組まれたそうです。良い映画は、時間を経てもなお、人の感性を刺激し続けるものなのですね。