乾ルカ(新潮社)
登場する地域:道東、竜ノ岬海岸(架空の場所)

道東、竜ノ岬海岸に浮かぶ塔を舞台に描かれるひと夏のストーリー。
濃霧に包まれる道東には、私たちが生きている時間と空間の編み目をいともたやすくゆがめ、境界をあいまいにさせる不思議な魅力がある。道東が舞台でなければ感じうることのない現実感(リアル)の中にこの作品はある。その中で、コンプレックスや孤独を抱えた繊細な少年二人が出会い、心を開いていく。
「駄目だ、諦めて逃げようと思ったときってのは、本当は、もう一度だけ試してみるときなんだよ」
誰しもが苦しい現実や自己と向き合いながら生きている。先が見えなくとも今、一瞬一瞬の決断の積み重ねが未来へと続いていく。
健太郎と貴希、二人が下すそれぞれの決断が、トランペットの旋律とオホーツクの海と夕陽に溶け込んでいくラストはどこまでも美しい。
もともと携帯小説として書かれ、2011年に書籍化、2014年文庫化されるときに『君の波が聞こえる』と改題された。
読み終えた後、目を閉じると、そこには比類なき道東の情景と、海の香りを感じる。
いつまでも心にさざ波が打ち寄せるような、そんな作品だ。